三男、立星(りゅうせい)が生まれることになったとき、タルギ(嫁さん)の希望もあって、古いが作りはしっかりしている築40年の家に住み替えた。
私の住む家は大阪府内にあるが、和歌山と奈良に近いということもあって人口もそんなに多くはない。高齢化も進み、バブル時代に住んでいた親世代がいなくなりつつあるため、なかなかいい値段で買うことが出来た。
左隣は空き家だが、右隣には老夫婦が住んでおり、向かいはお茶の先生の老婦人が一人暮らし。子育て世代が移り住んで来たと言うことで、とても喜んで貰っているらしい。
その他、私、タムケンは初めて古い一軒家に住んだので、たくさんの新しい体験ができて非常に楽しい。ただし時には少し困った問題もある。それは猫だ。
年老いた世帯が多いせいか、飼い猫や野良猫が多い。そんな猫が外を出歩く際、道路や歩道だけをキチンと歩くはずもなく、隣家の敷地を通り抜けていく。我が家も例外ではなく、タムケン一家が住む前からボロ屋は猫の通り道になっていたと思われ、何匹かの猫が庭や裏口付近を通ったり、縄張り争いをして大ゲンカをしたりしている。
私は動物が大好きなので猫が来ることは大いに結構なのだが、庭にウンチをされるのだけは非常に困っており、我が家の大問題となっていた。
肉食である猫のフレッシュなウンチは非常に臭い。隣家と猫のことで揉める人がいると聞いたことがあるが、その気持ちがよく分かる。
猫はウンチを地面に埋めると思っていたがそれは場合によるらしく、我が家の庭のウンチはまず埋められていることはない。翌朝には異臭が漂い、ハエがブンブンと飛びかい、確かな存在感を放つ。言わば
我、ここに、あり。
問題の猫は三毛猫で一匹だけらしい。一日一箇所だけウンチが設置されているので、どうも我が家の庭はその三毛猫の縄張りになっており、かつトイレとして認識されている模様。しかし一匹とは言え、毎日ウンチが一個設置されると、なかなかの数になってくる。
猫は好きなのだがウンチは困る。かと言って猫を傷つけて追い出すことはしたくない。
そこで私も猫が嫌う匂いをまくとか、通り道のパターンを変えるよう柵をつけるとか、ペットポトルを置いたりしたが効果なし。
我、ここに、あり。
更に調べたところ、鳥獣対策として高周波を出す装置があるとか。センサーがついているため、対象物の大きさと距離を設定しておけば、猫が近づいたら猫が嫌がる高周波を出してくれる。その音は人には聴こえない。防水、防塵、太陽電池式なので壊れるまで屋外で稼働する。これはいい!と思って庭の角に設置したところ、よく庭で遊んでいる長男、次男から苦情あり。
「なんか最近お庭で変な音がして怖いの。
もうお外で遊ぶのやめようかな」
子供が寄りつかなくなっちゃった!
猫対策の高周波は大人には聴こえないが子供には聞こえるらしく、子供たちに効果が出てしまった。なのに猫には効果無し。
我、ここに、あり。
うーん、困った。あの三毛猫どうしたものか。と、思っていたところ、猫の飼い主であるお隣のお婆ちゃんから連絡があった。
「タムケン、ごめんなさいね。うちのマアちゃんがオタクのお庭でよくウンチしてるみたいで」
三毛猫はお隣さんの飼い猫で、マアちゃんと言うのか。初めて知った。隣の家では何匹も猫を飼っているのは知っていたが。
「いや、大したことないですよ。猫は可愛いからいいんですが、ただウチの庭をトイレ扱いされるのはちょっと困ってます」
困ってはいるが相手は動物だ。どうしようもないのも事実。
「だからね、アタシここ最近はオタクにご迷惑をおかけしないように、マアちゃんに教育してるのよ」
「え?どういうことですか?」
まさか虐待とかしてないだろうな?とすこし緊張した。
「毎晩お説教してるの!
マアちゃん、隣のお家でウンチしちゃダメ!って。もう絶対ダメよ!って」
ええ!?
おいおい、マアちゃん猫なんだから説明したところで分かるわけないじゃないか。いくら飼い主と心を通じ合っていても、である。
しかしお婆ちゃんは本気の様子。どれだけ真剣にマアちゃんを躾けているかを語る。その様子からご近所のタムケン一家に迷惑をかけないようにしている気持ちは非常に伝わってきた。来たが、マアちゃん猫だもの、分からないと思うよ。
言葉通じませんよと、言いたかったがそこはご近所づきあい。グッと堪えて終えた。何も言ってはいけないときって、あるよね?
数日後。
相変わらずフレッシュなウンチを頂戴していたところ、隣の家でお婆ちゃんが何やら騒いでいた。
どうやらマアちゃんが怒られている様子。とは言え、猫が黙って説教を聞いているわけもなく、家の中を逃げ回っているのであろう、ドタドタと一人と一匹が走り回る物音がしていた。
「マアちゃん、待ちなさい!
隣のおうちではウンチしちゃダメなのよ!
分かった?ねえ分かった!?
マアちゃん!マアちゃん!!!!」
「ニャー!泣」
マアちゃんめっちゃ怒られてる!?
いや、相手は猫ですから!
言葉分からんから!もう勘弁したって!
と言いたかったが、いくらご近所さんでも勝手に家に入るわけにもいかない。マアちゃん可愛そうになぁ、でもウンチはやめて欲しいなぁ、と思いながらしばらく様子を伺っていたところ、お婆ちゃんのプレッシャーに負けたマアちゃんが、たまらず隣家から飛び出して来た。
逃げ出て来たのは黒猫だった。
猫、間違ってるやん!!
なんてこと!
我が家の庭にウンチをしているのは三毛猫である。ところがマアちゃんったら黒猫だった。とんだ猫違いである。そりゃいくら怒られても理解出来ないはずだ。黒猫のマアちゃんは人間の言葉なんて分かりもしないだろうが、庭にウンチをしているわけでもないのに、飼い主から毎日メチャクチャ怒られ、追いかけ回され、なぜこんな目に合うのか全く分からなかったはずだ。すまんマアちゃん。恨むなら勘違いしている飼い主のお婆ちゃんを恨んでくれ。しかし私にもどうしようもない。
そして更に数日後。
仕事から帰ると、庭に三毛猫ありけり。我が物顔でウンチをしている"真っ最中"だった。そりゃそうなる。何しろ黒猫マアちゃんは怒られているが、三毛猫は何も怒られていないのだから。もよおしたら我が家の庭にいつも通りウンチをするだろう。
するだろう、が、しかし!
その瞬間、庭に寄り付かなくなった長男と次男のこととか、勘違いしている隣のお婆ちゃんのこととか、濡れ衣を着せられて逃げ回る黒猫マアちゃんのことが走馬灯のように思い出され、一気に心が沸騰した、
「この、三毛猫め!
たいがいにせいコラァ!!」
タムケンはありったけの声をあげ、両手を広げて威嚇し、"真っ最中"の三毛猫にどりゃ〜〜!っと突進した。いきなりのことでパニックになった三毛猫は、コトを即時中断し、庭を右や左に逃げ回り、半ばパニックになりながら庭の裏の闇に消えていった。
それ以来、三毛猫とウンチは庭から姿を消した。
猫は縄張り意識が強い。戦いに負けて自分の縄張りを奪われると、以後そのエリアには入らないものらしい。なるほど。結局、道具に頼るよりも、同じ動物として縄張りを守るほうが効果的なわけか。そんなコトを考えていると、隣のお婆ちゃんがまた騒いでいた。
「マアちゃん、タムケンの家のお庭でウンチしたらダメなのよ!」
「ニャー!泣」
だからマアちゃん悪くないってば!