「かゆいトコないですか?」と聞かれたら「当ててください」と言いたい

この世のすべてを笑いにかえて生きるタムケンによるブログ。過去の記憶、日々の思い、外国人の妻や障害(ダウン症)を持つ子供たちとの日常について、笑いとユーモアたっぷりのエッセイを中心に書いています。

もすもすタクシー

誰この人!?

 

と絶叫したくなることがあった。

 

私の職場は大阪にある。普段はその研究室で食品の商品開発に勤しんでいるのだが、試作の結果、晴れて採用になるとスケールを100倍くらいにするため、生産ラインで製造立会いの上、製品化することになる。生産工場の一つが茨城県のつくばにあるので、ちょいちょい関東に出張する。

 

この時はつくばに前日入りして最寄駅に泊まり、翌朝7時にはタクシーでホテルから工場に向かう予定だった。

 

6:45。

少し早めにホテルを出た。

しかし朝も早すぎるため、タクシー乗り場にタクシーの影が無い。前日に確認した際には早くから待機しているとのことだったが。まあ何てことはない。電話で呼べばいいだけだ。

乗り場に表示されている関東タクシーの電話番号にかけた。

 

「もすもすぅ。関東タクシーですぅ」

 

めっちゃなまってる人出てきた!(

 

いや。逆だ。

ここは茨城。方言でなまっているのはむしろ関西人の私の方だ。おかしくて仕方ないが、笑っては失礼だ。笑ってはダメ。絶対ダメ。

 

「すんません。朝早くで申し訳ないんですがタクシー1台、駅までお願いしたいのですが」

「んっと〜、今まだ運転手が誰も来てないんですぅ。朝早いからぁ。あ、エビシマさん、エビシマさんならどうかなぁ?」

 

どうもエビシマさんと言う運転手はいつも早く出勤しているらしい。しかしこの電話口の方、保留するわけでもなく受話器を覆うわけでもなく、そのまま後ろを向きながら話しているようで、会話が丸聞こえだ。

 

「エビシマさん、来てるのんかなぁ?エビシマさん、いっつも朝早いでしょぉ。そろそろでないんかなぁ?あ、そう?来とるぅ?なら行ってもらって、いや、お客さん駅におるからすぐ行ってって、だからはよ行けって、行けって言っとって!」

 

何かもめてる!?

 

うーん、エビシマさん、ごねてるっぽいぞ。朝早く来て早々出動させらるのは嫌なんだろうな。なら早くに来なきゃいいのに。

今から来てくれるのだろうか。ちゅうか来たら来たで雰囲気悪そうだ。

 

「あのぉ、エビシマさん来るんでぇ、すぐ行きますんでぇ、待っとって下さいな、あ、5分かな、5分くらいかなぁ?5分もかからんですから、すぐ行くから待っとって!だからオメェ行けって!」

 

すごく嫌なんですけど!

 

エビシマさんへの話と私への話がごっちゃになって非常に分かりづらい電話が切れた。朝からなかなかヘビーな電話だった。今頃不機嫌なエビシマさんは運転席に乗り込んで、ブーたれながらアクセルふかしてるのだろうか。きっとそうに違いない。

 

とは言え、あと数分ある。ちょいとベンチに腰掛けようとしたところ、タクシーがタイヤをギリギリ言わせながらロータリーに滑り込んできた。

 

早い。メチャ早い。電話切って2分も経ってないのでは?エビシマさん、かなり飛ばして来たと見える。

 

有無を言わさぬ雰囲気を感じ、開いたドアから、恐る恐るタクシーに乗り込んだ。

 

いた。エビシマさんがいた。

 

運転席から後部座席を振り返り、シルバーヘアの初老の男が、ジロリと私を睨みつけながら尋ねた。

 

「んでぇ、どちらへ???」

 

凄い迫力である。怖い。

それに予想通りメチャ感じ悪いじゃないか。

エビシマさん、不機嫌MAX。MAXエビシマ。

 

「あの、茨城工場まで」

「はい??」

「茨城の工場、分かりませんか?」

「知らんですなぁ。どこ?」

 

普段ならこの程度のやり取りで工場の場所は通じるのだが、MAXエビシマは知らぬ存ぜぬ。仕方ないので住所を告げ、ナビに打ち込んでもらい、タクシー出発。

ギャギャギャ!

猛烈な加速で座席に背中がめり込む。

スピードもMAX。

 

でも見ない。ナビ、一切見ない。

 

やっぱ知ってるじゃねぇか!

 

嫌がらせだ。嫌がらせMAX。

しばらく運転するに任せた。

恐るべしMAXタクシー、早朝の茨城を爆走。

 

そう言えば、エビシマってどう書くんだろうと気になった。

関西ではあまり聞かない名前である。

漢字は恵比島?海老島?

 

本人に聞いてもいいが、今はMAX状態。

会話はなるべく避けたい。

そうだ。運転手は車内に許可証を掲示するはず。

ならば許可証がどこかにあるはずだ。

ダッシュボードを見た。

予想通り、許可証があり、

運転手の名前が書かれていた。

 

運転手 : 古川

 

誰なのこの人!?

 

おおう!?エビシマさんじゃない!?

まさかの展開だ。

でもなぜ? 何で古川さんが来たんだ?

エビシマさんは何処へ?

 

パニックである。

来るはずのエビシマさんは来ず、エビシマさんに匹敵するくらい不機嫌MAXな古川さんが来ている。いや、今となってはエビシマさんが不機嫌かどうかすら不明である。

って言うか、マジで誰だよこの人。

再びダッシュボードに眼をやると、そこには所属も書かれているのが見えた。

 

個人タクシー 運転手 古川

 

違うタクシーに乗っちまった!

 

謎が解けた。どうも関東タクシーのエビシマさんより早く、たまたま流しの個人タクシーが来てしまったらしい。それで古川さんが来た理由が分かった。しかしなぜこの人はこんなに不機嫌なのか。それは不明である。客商売でこんな対応して儲かるのだろうか。

 

と、同時に気づいた。

 

エビシマさんが駅でお待ちに!?

 

朝早く出勤するや否や、5分以内に駅に行けと言われて行ったのに、誰一人いないと言う状況。

すいませんエビシマさん。でも知らなかったんです。古川さんが先に来るなんて知らなかったんです。

 

「なあアンタ、さっきから一人で何をブツブツ言ってやがんだあ!?言いたいことがあるならはっきり言えってよお!」

 

だから古川さん、アンタはなんでそんなに不機嫌なんだよおお!

 

 

古川さんがなぜこんなに不機嫌だったのか、エビシマさんがいつまで駅でお待ちになっていたのか、今となっては知る術もない。