一月某日。
相も変わらず激しい業務に勤しんでいた所、
会社に一本の電話ありけり。
「〇〇分析センターです。タムケンご本人様でしょうか?」
「うい。私がタムケンです」
遡ること一週間前に検便の検査を依頼していた業者からの電話だった。某得意先の食品工場を訪問するに当たって、検便で食中毒菌の事前検査を条件にされていたので、検便して検査に出していた。
「検査の結果をまず、タムケン様に報告します」
報告書にまとめると数日かかるため、口頭で速報が欲しいと伝えていた。その報告だった。
「では報告させて頂きます。
赤痢 陰性
サルモネラ 陰性
ノロウィルス 陽性
以上です」
え?
何かさらっと言われたけど、陽性って言ってなかったか? ノロ? ノロが陽性?
「あの、何か陽性って言いました?聞き間違い?」
「いえ。タムケン様は、ノロウィルスが陽性でした」
何ですと〜〜〜〜!?
食品会社の人間がノロ陽性はなかなか致命的である。業界では一番恐れられている食中毒ウィルスだ。これが事実なら相当面倒なことになる。
ヤバイ。軽くヤバイ。動転の極み。
「それって確実なんですかね?何かの間違いでは?私、自覚症状が全く無いんですが」
「そう言われましても。申し訳ありませんが、まず間違いないかと」
「どんな検査方法なんでしょうか?」
「PCR法を用いて増幅しておりますので、間違って陽性になることはございません。たむけん様はノロ陽性でございます」
ガッデム!
PCRならまず間違いない。私も農学部の学生時代に自分で実験したくらいだ。その精度はよく知っている。
受話器を置いたものの、アタマ真っ白。
ノロ。俺が。しかし先週からお腹は何とも無いんだけど。そんなことってあるのか? 気づかないとかってあり得るのか?
部下が近寄ってきた。
「タムケン長。どうしたんですか?ノロが何とかって言ってましたが」
「え?ああ、先週の検便で、引っかかってしまったらしい」
「何にですか?」
「ノロに」
「ノロに!?」
部下の顔色が変わった。
ノロウィルスによる食中毒は致死性は低いものの、食品会社で発生してしまうと会社の存続に関わりかねないウィルスだからだ。
「係長、ヤバイじゃないですか!」
「うん、ヤバイ。ヤバイヤー。ヤバイスト」
「のん気に三段階活用してる場合じゃないっすよ!」
「だって、どないしたらいいか分からんし」
「とりあえず、この書類の決裁と、開発案件の指示お願いします」
「このタイミングで言う!?そんなことしてる場合じゃないでしょ!?」
「でもノロになったら一週間は自宅謹慎じゃないですか。なら今のうちに見て処理してもらわないと。さあ、自宅監禁される前に軽く決裁を」
「できるかい!」
鬼のような部下からの駆け込み決裁依頼を振り切って、とりあえず研究室を出た。ウィルスの保有状態なら食品を扱う場所にいてはならない。何しろノロは非常に少ない数で感染するウィルスだ。我ながらまず隔離が先決だ。
社外から関連部署に報告し、対応を相談。検便は一週間前のもの。自覚症状無し。ならば今はノロは排出しきっている可能性が高い。再検査で陰性なら、今更騒いでも仕方ないだろうと。なるほど。
早速、別の病院で再検査を実施。結果
ノロ陰性
どうも体の中をノロが無害で通り抜けている瞬間に、たまたま検便をとってしまったらしい。
診察してもらった医者に聞いてみた所、ノロには色々な型があり、人によっては病原性を全く示さないらしい。しかし別の人には激しい症状を起こしたりする。どの人にも害が無ければ食中毒として認識されないが、害がない人と、害のある人が混在しているのがノロのタチの悪い所だとか。そうなんだ。
ノロ陰性の検査結果を握りしめ、晴れて会社に凱旋。これでまた戻れる。
しかし噂のスピードたるや恐るべし。
1日にしてあらゆる部署に話が伝わっていた。そして、ついた私の名前は
ノロ係長
嫌すぎる!
新たなネタを作りつつ、
ノロ係長、今年も一年、頑張ります。