花粉症のシーズンは、目が何かおかしいな、とは思っていた。
何やらつまづいたり、足元がおぼつかないことが多かっていた、のである。
とある春の朝。
通勤に使う駅の改札を抜けると、いつも乗っている電車が到着しており、このままだと乗り過ごしてしまう、でも階段を駆け下りればギリギリ間に合うタイミングだった。これまでに何度も遭遇した状況。何てことはない。階段を
とーん、とーん、とーん
と、一段飛ばしで駆け降りればいいだけだ。そう、それだけ。何の迷いもなく足を運んだ。
とーん、とーーー、???
軽快に降りられるはずなのに、足元がどうにも揺らいで揺らいで揺らいだ。
駅の階段から転がり落ちた。
足首が妙な角度に曲がって、スネから膝が階段に打ち付けられた。
ドガガガ!!
工事現場のような音が体の下から上がって来て、バランスを崩して手すりにぶつかって止まった。
その間2秒ほど。あまりに衝撃が大きく、声も出なかった。驚いて注目する周囲をよそに、よろめきながら電車に飛び乗り、空いている席に崩れ落ちた。
膝から下がべらぼうに痛んだ。なんでこんなことに?イメージ通りに駆け降りられなかった。筋力の低下?体調不良?老い??
色んな疑問符が浮かんだが、答えは出ない。つい先日も階段は難なく駆け降りたばかりだ。急におかしくなるはずがない。それにしても痛い。とんでもなく痛い。
もしや折れてるのでは?
折れていたら歩けるわけはないと思うかもしれないが、実はそうでもない。動物は危険な目に会って骨折や致命傷を受けても、危険な場所から離れるべく、直後は麻痺して動き回れるようになっている。余談だが、私はこの件の数年前に事故で腰椎を骨折したことがあるが、やはりその時も少しだけは動き回れた経験がある。しばらくして腰に痛みを感じると、はたりと動けなくなり、そのまま救急車で搬送された。多分同じ。その時と同じ。ヤバい。電車、降りられないかも。
ある程度痛みが治まってから、そっと足をそのばせると、幸い立ち上がることができた。うん。これなら大丈夫そうだ。
しかしまたなんで急に足元があやしくなったのであろうか?
その日の仕事を何とか終えて、家に帰ってから原因が判明した。
花粉症のゴーグルのせいだった。
私は割と重度の花粉症のため、JINSの度付きのゴーグルを使っていた。メガネの端に風よけがついているゴーグルは、思った以上に花粉を防いでくれており、外出がかなり楽になった。その反面、視界の端が歪んでたまに歩きづらさを感じていた。その結果が朝の醜態である。筋力の低下で転げ落ちたわけではないと分かって安心した。
やれやれ、と思ってメガネをかけると、階段で怪我を負い、血だらけになった足が見えた。痛い。めっちゃ痛い。
翌日、幼稚園児の息子達といつものごとくウルトラマンごっこをした。もちろん、怪獣役は私。
その日の怪獣はローキック一発で負けた。