「かゆいトコないですか?」と聞かれたら「当ててください」と言いたい

この世のすべてを笑いにかえて生きるタムケンによるブログ。過去の記憶、日々の思い、外国人の妻や障害(ダウン症)を持つ子供たちとの日常について、笑いとユーモアたっぷりのエッセイを中心に書いています。

圧倒人色

 

もうかなり前のことになるが、今の会社で3社目だが、新卒で入社した会社の1つ上の先輩に、大学の研究室の先輩がいた。 

 

たまたま2年連続で私の会社は同じ大学の 

同じ研究室から人を採用した。 

当時の私は営業もどき、そして彼は研究員なので普段は滅多に会うことはなかった。 

 

彼の名前はマッチョ。 

 

別に筋骨たくましいわけではない。 

むしろ逆である。 

身長は160センチくらいなので私よりも低い。 

食べても太らない体質の彼は時期体重が40kg前半という状態だった。 

それでも本人としてはベストウェートだそうな。 

なのにかなりの酒豪で、本気で飲み始めると日本酒を1升以上飲んでしまう。 

一度手合わせ願いたいものである。 

 

あるとき、研究室の先輩が彼の身体の貧弱さを憂えてプロポリスを箱ごとプレゼントした。筋トレをしてもう少し体をマッチョにせよと。それ以来、彼はマッチョと呼ばれている。 

 

彼は今も昔も坊主頭である。 

学生時代はボロボロの服を着て髭もボウボウだったので、当時、新聞を騒がせていたイスラム系のドン「ビン・ラディン」と言われていた。 

だから米国のテロが起こった頃は、 我が研究室はビン・ラディンを匿う砦ということで 

アルカイダと呼ばれていたとかどうとか。 

最近は髭を剃り落としているのでちっこい坊主男に過ぎないが、太い黒縁の眼鏡をかけているのでなつかしの横山のヤッサンのような風貌をしている。 

 

卒業するとき、私はマッチョに会社用の黒い靴下を10枚ほどプレゼントした。 

綺麗な手帳だとか名刺入れだとかは必要ない。彼にとってはもっと実用的なものが必要なのだから。そしてプレゼントに包装は必要ない。どうせその場で破り捨ててゴミ箱行きだ。私は買ったデパートのビニール袋のまま手渡した。 

そんな私のプレゼントは同級生からは 

「そんなプレゼントって有り得ないでしょう!?」と驚かれたが、 マッチョは 

「卒業のプレゼントの中ではタムケンのが一番や」と喜んでいた。 

プレゼントとは自分が渡して嬉しいものではなく、 相手が最も喜ぶ形で渡すのがベストなのである。 

 

マッチョは外見もさることながら、特筆すべきはそのキャラ。 

声は大きく、やることなすことテキトーである。 

けれど頭は切れる。かなり切れる。 

それを利害とは関係なく発揮するのが面白い。 

そして実に愛すべきキャラなので 

究室では男女を問わず、彼のファンは多い。 

もちろん私もファンの1人である。 

 

さて。 

 

新人の頃、私は東京の本社に仕事で出ることになった。 

たまたまマッチョも研修で東京に来ると言うことだったので 久しぶりに二人で飲もうということになった。 

私のほうが先に終わりそうだったので マッチョの仕事が終わり次第、電話をもらうことになっていた。 

 

電話をもらう予定時刻を少し過ぎてから、着信アリ。 

履歴を見ると公衆電話になっている。 

マッチョは携帯電話を不携帯する荒業を使う男だから よく公衆電話からかけてくる。 

私はすぐさま電話に出た。 

 

「あ〜、もしもし?タムケン?」 

「ええ。先日はどうも」 

「で、どこにおるん?」 

「東京駅の丸の内という所です。マッチョはいつ来れます?」 

「いや、お前が来い。俺はヤエスにおる」 

「はあ?私、東京は不慣れなんですが。 

 マッチョは研修で東京にしばらくいたんでしょ? 

 そっちが来てくれませんか?」 

「無理」 

「いや、ですから私は東京は不慣れで」 

「ヤダ」 

「ヤダじゃなくて、頼むから」 

「俺はヤエス」 

「人の話を聞け!ヤエスって何なんですか!」 

「アディオス!」 

 

ブツ・・・。 

 

切られた! 

 

まずい。これは非常にまずい。 

今いる丸の内がどこかも分かってないってのに、 ヤエスとやらに行かねばならんとは。 

とりあえずマッチョに電話してみる。 

しかし無常なアナウンスが告げられる。 

 

「おかけになったマッチョ電話は今、宇宙の彼方にいます♪」 

 

やはり不携帯だ。 

携帯電話なのになんで不携帯なんだ、彼は。 

連絡をとれない以上、私がヤエスとやらに 

行かなければならない。 

 

そもそもどうして東京駅ってこんなに広いのだろう。 

わけの分からない建物はいっぱいあるのに、 

地図を買えそうな場所が全然見つからない。 

エス。ヤエス。ヤエス。 

一体、ヤエスって何? どこにあるわけ? 

地図で探せないならば駅名で探すか。 

私は駅名の一覧表を見た。 

が、どこにもない。ヤエスなんて名前はない。 

なら店か?あるいは待ち合わせスポットか? 

ダメだ。分からん。 

思い出せないなら何とかなるが、知らないものはどうしようもない。 

 

考えるのを諦めた私は、冷たいと専ら噂の東京人に道を訊くことにした。 

でもみんな忙しげ。 

そして異様な雰囲気をまとっていて声をかけづらい。 

なんて言うか、無理やり遠足に行かされて 

延々と寺巡りをさせられた帰りの中学生みたいと言うか。 

 

声をかける人を探して周囲を見回していると、視野に意外な文字が。 

 

八重洲口> 

 

これってもしかしてヤエスって読むんじゃない? 

いや、そうに違いない! 

用心して案内板に従いながら歩いて行った。 

東京は犯罪都市。歩いてるだけでもいつ刺されるか分かりませぬ。 

 

用心に用心を重ねてついに八重洲にたどり着いた。 

何のことはない。 

東京駅の出口の一つではないか。 

なんでそんなことも教えずに電話を切るんだ、マッチョは! 

 

八重洲に着いたはいいが、新たな問題が浮上した。 

東京駅の広さ、そして人の多さだ。 

八重洲口と言ってもかなりの広さだ。 

行き交う人もスーツ姿のサラリーマンが多い。 

多分、マッチョも今日はさすがにスーツを着ているだろう。 

加えて彼は携帯電話を持っていない。 

着いたことを伝えようがない。 

さて、どうしようか。 

 

そんな悩みは無用だった。 

私はマッチョを一発で見つけたからだ。 

あの横山のヤッサンのような風貌はマッチョしかいない。 

あの姿かたちは世界に一人だけしかいない。 

なんだか私は妙に笑えてしまって、 

マッチョも私を見つけてなぜかつられて笑っていた。 

 

爆笑する私とマッチョは、その後、 

彼の同僚が教えてくれたと言う店に向かった。 

 

向かった。向かっていた。はず。 

一向に到着しないが。 

歩き話も一段落したところで、私はマッチョに訊いてみた。 

 

「もしかして迷ってる?」 

「ははは!実におもしろいことを言うね、タムケンは!」 

「絶対迷ってるな、この人は。 

 大体貴方は丸の内も知らなかったじゃないですか。 なのにちゃんとたどり着けるんですか?」 

「ほざけコワッパめ!」 

「ごまかすな!そして誰がコワッパですか!」 

「小童、と書いてコワッパと読む!」 

「それはどうでもいい!店はどこ!?」 

「右」 

「え?」 

「だから右やって」 

「ど、どこの?」 

「信号の右」 

 

東京は信号だらけなんですけど!! 

 

なんてこった。 

たまに店の位置を「角の右」とか 

「公園の左」としか覚えていなくて 

引っ張りまわす人がいるが、マッチョもその類か。 

今回は信号の右ときたもんだ。 

 

けど店の位置を知っているのはマッチョだけだ。 

根気よく彼の記憶を探るしかない。 

 

「信号ってどこの信号ですか?」 

「東京」 

 

やっぱり無理です!! 

 

ボケか?これはボケなのか? 

私への挑戦状なのか? 

日本で一番信号が多いと思われるこの東京で 

信号の右を片っ端から探せとおっしゃっているのか? 

 

「ふざけるのもたいがいにしてよ!このボケマッチョ!」 

「大丈夫!俺に任せなさい!」 

「じゃあ再度質問のお時間をとります。店の名前は?」 

「知らん!」 

「場所は?」 

「信号の右!」 

「信号の場所は?」 

「東京!」 

「東京のどこ?」 

「このへん!」 

 

だ〜〜! 

殴りたい! 

今すぐこの坊主頭を殴りたい! 

ラチがあかないよ! 

 

「あ、ほらタムケン。ここやって。この店!」 

「え?着いたの?」 

「おう。ここに間違いない」 

「なんだ。着いたんならオッケーですよ。やれやれ」 

「この店でええわ」 

「何か言ました!? 

 もしかして今、テキトーに決めたんじゃないですか!?」 

「そんなことないって!気にしない気にしない! 

 ふう。うっさいねん、このハゲチャビンめが」 

「聞こえてるんですけど!ハゲチャビンですって!?」 

「はいはい。タムケンはすごいです。 

 とってもカワイイです」 

「話をそらすな!」 

 

出会い頭に関西人の漫才を聞いた店員はさぞかし驚いたことだろう。 

 

その後もマッチョとの会話はやや怒気をはらみながらも 

延々と盛り上がった。 

やっぱりマッチョはおもしろい。 

こういう個性の強い知り合いは貴重だ。 

 

やがて、私が神戸へ帰る時間が近づいた。 

二人は駅へと向かった。 

マッチョは山手線でホテルへ帰るそうだ。 

私は最終の新幹線で、一路、神戸へ向かう。 

東京駅の中、<ヤエス>付近で別れることになった。 

 

「じゃあな、タムケン」 

「じゃあね、マッチョ」 

 

彼は新幹線の改札まで送ってくれた。 

次に私が東京へ来るのはいつだろうか。 

しかしマッチョは研修を終えて東京にはいない。 

同じ会社とは言え、配属が遠く離れれば、 

もしかしたらもう会えないかもしれない。 

 

それに気づいて、私は上りエスカレーターから振り返った。 

 

マッチョは、まだ、改札に、いた。 

 

私の姿が見えなくなるまでずっと見送ってくれていたのだ。 

なんだか涙が出そうになって、手を振った。 

マッチョも振ってくれた。 

エスカレーターは急かすように私を上へと運び、 

マッチョの姿は見えなくなった。 

 

人は十人十色。 

だが時に他を圧倒する一色を持つ人がいる。 

マッチョは圧倒的な色を持つ人だ。 

その色には、笑いと、意外性と、優しさが深く刻まれている。