「かゆいトコないですか?」と聞かれたら「当ててください」と言いたい

この世のすべてを笑いにかえて生きるタムケンによるブログ。過去の記憶、日々の思い、外国人の妻や障害(ダウン症)を持つ子供たちとの日常について、笑いとユーモアたっぷりのエッセイを中心に書いています。

サッカー新時代

サッカーは足を使ってボールを蹴るスポーツ。 

手を使ってはいけない。 

しかしそれはボールに対してであって、人に対してではない。 

実際にせり合いで手を使っている。 

最近はカメラの数や技術の発達で、アップで写る選手が 相手の服を引っ張っている映像をよくみかける。 

 

しかしあれってちょっとやり過ぎではないか? 

どの程度なら反則なのかは知らないが、 

アップ&スローで見ると限りなく反則っぽい。 

しかも引っ張って引き倒しておきながら審判に反則をとられると 

「俺、何かした!?」のようなジェスチャー。 

バレたんだからもう少し申し訳無さそうに 

すればいいのに。 

 

そこで新しいアイデアを考えてみた。サッカー選手がより有利に試合を進めるために 引っ張られない服を開発してはどうか。 

そもそも体と服の間に空間があって、服が伸びるから相手につかまれる。 ならばピッチピッチの素材を使えばいいのではないか。 

具体的には、競泳選手が着るようなピッチピチユニフォームはかなりいいと思う。 

いっそのこと、ゴム素材で全身タイツのように してしまえばいいのではないだろうか。 

つかまれずにゴール前まで突破できるピッチピチ服は フォワードには必需品となろう。 

 

逆にディフェンダーフォワードの侵入を防ぐために バッサバサにゆらめく服を着てはどうか。 

脇をすり抜けようとするフォワードやボールを 服で捉えるのだ。 

服のそこかしこに釣り針とかガムテープとかをつけておけば ボールやフォワードの吸着率が高まる。 

ペナルティエリアに近いところからのフリーキックでは みんなで協力して服で視界を隠す。 

ピッチピチ服のキッカーは 

「服が邪魔でゴールが見えん!」

と 歯噛みすること間違いなし。 

キーパーもボールが見えなくて苦労するだろうが この際そんな細かいことはどうでもいいだろう。 

 

サッカーの試合ではフォワードみんなピッチピチ。 

ディフェンダーはバッサバサ。 

ユニフォームに形状や重さ、素材の限定があるとは 聞いたことがない。 

あくまでもユニフォームと言えば通るのではないか。 

 

フォワードは肌色のユニフォームなんかを着ていれば遠目には 裸にしか見えない。 

カッコいい選手の擬似全裸を見るために 女性がくぎ付けになりそうな気がする。 

 

ディフェンダーは緑色の服にすれば芝と見分けがつかない。 カナブンの保護色みたい。 

こっそり地面に伏せておいて、 

敵が近づいたら服でとらえるのだ。 

まさに弱肉強食の世界。 

「ああ!?メッシがディフェンスのユニフォームにとらえられました!」 

「ディフェンスは見事な擬態でしたね。私も芝だと思ってました」 

そんなアナウンスがお茶の間に流れる。 

 

他には、催眠効果のある模様をプリントすれば、相手に催眠術をかけめ労せずして 点を取ったり、ディフェンスできるかもしれない。 

もちろん選手の一人は催眠術師にしなければならないが、この際そんな細かいことはどうでもいいだろう。 

フォワード、ディフェンダーボランチの他に 新たに催眠術師というポジションが生まれるわけだ。 

走りながら上手い選手に近づき 五円玉を振り回しながら 

「こっちを見ろ〜、眠くな〜れ〜」

とか言うのだ。 

もうボールとかゴールとかどうでもいい。 

ひたすら催眠術をかけまくる。 

国際試合では敵国の言葉を喋れる催眠術師が 

必要とされるので、体力、催眠力、語学力が 

要求される高度なポジション。 

そしてたまに自分が眠ってしまえばインパクト大。 エンターティメント性も高い。 

お前が寝るんかい!とアナウンサーに突っ込まれる。

 

ピッチピチ全身ゴムタイツのフォワードが走り回り 、バッサバサ保護色の服を着たディフェンダーが 芝に伏せて擬態し、フォワードを服でからめとったり 、5円玉を振り回した催眠術師がマンツーマンで ピッチピチフォワードを追いかける図。 

 

サッカーの新時代の幕明けである。 

 

焼けないたこ焼き

1月17日。

それはは阪神淡路の震災の日だ。 

この近辺になると、私は決まってたこ焼きが食べたくなる。 

今日はその理由について書こう。 

 

関西の代表食の一つとしてたこ焼きは絶対に外せない代物だ。 

このたこ焼、普通は外で買って食べる。 

家で作ることは買うほど多くはない。 

学生時代の私も買うことが多かった。 と言うより調理器具を持っていなかった。 

 

理由の一つは大失敗したことがあるからだ。 実家を出て大学の寮に入ってからは、 

たこ焼きはたまに買って食べる程度。 

ある休日に買い物に行くと、たこ焼きの鉄板が 1000円で売っていたのでついつい 

食材と合わせて買ってしまった。 

たまには自分で作ってみようと思ったのだ。 

しかしテフロン加工の焦げ付かないフライパンや 鍋に慣れていた私は、素のままの鉄板の使い方を よく分かっていなかった。 

鉄板は油を塗って加熱して、よくなじませなければ 食材がすべて焦げ付いてしまう。 

それを知らない私はいつものように適当に油をひいて たこ焼きの元を流し込んだ。 

 

結果。 

 

全滅。 

 

串でくるくるひっくり返そうにも焦げ付いてどうにもならない。 そうこうしている内に焦げ付いて煙が出る始末。 

火力が強いのかと勘違いした私は、 1時間くらいかけて苦労して焦げたたこ焼きをはがして 再チャレンジ。 

 

しかし、またもや全滅。 

 

そう言えば最近の調理器具はテフロン加工していて 普通の鉄板は油をなじませないと使えないという話を 思い出して、火力ではなく根本的にダメだったのだと 思い至った。 

けどお腹は空いている。 

仕方ないのでスプーンですくって泣く泣く食べた。 

「こんなのたこ焼きじゃないっす」

と。 

 

私がたこ焼きを作らずに買って食べていた理由その2。 

学生寮の近くにお気に入りのたこ焼屋があったからだ。 

 

その店に名前はない。 

看板に「たこ焼」と書いてあるだけだ。 

店主はとある老人。店は狭く、古い。 

廃屋同然の寮に住んでいた私は平気だが 一見さんには辛いかもしれない。 

営業時間、定休日は不定期。 

店主の気まぐれで自由に休んでいるらしい。 

 

初めてそこを訪れたのは2000頃だったか。 

今でこそ、部下や後輩には良い物を食べろと言う私だが、 学生時代は近所の食いモン屋の探索に夢中だった。 

原チャリで神戸の幹線を走っては毎日違う店に入って食べ歩いていた。 

 

ある日。 

神戸市灘区のとある交差点付近にたこ焼屋を見つけた。 

なにはともあれ、とにかく入る。 

たこ焼き1個20円。安い。具はタコのみ。 

10個注文した。店主は黙って焼いた。 

食べた。 

うーん、なかなか美味い。派手すぎず地味すぎず。 

格別印象に残るような大層な味でもなかったので、 その日はすぐに帰った。 

 

その日から私は同じたこ焼屋へと足を運ぶようになった。 

2,3ヶ月に一度の割合で。 

味がとてつもなく気に入った、と言うほどでもない。そこそこの美味しさで、安くたこ焼が手に入ればそれなりの店で良かったのである。

 

店主と話したことはなかった。 

その日も店に入ると常連らしき先客がいた。話が弾んでいる。 

新顔の私が入る余地はない。 

また10個注文した。 

すぐに焼きあがった。 

黙々と食べる。 

常連が帰った。 

店内に残ったのは私と店主のみ。店に流れる何となく気まずい空気。 

先ほどの常連との会話で口車の暖まった店主は 意を決したのか、新顔の私に話かけてきた。 

通い始めて半年以上でようやくの初トーク。 

しかしその程度の頻度では店主も私の顔は覚えていまい。 

 

「兄ちゃん、学生さん?」 

「ええ。そうですよ」 

「ここの上にある大学かいな?」 

「はい」 

「やっぱりな〜。 

 ここいらの学生さんはみんなあそこに通っとる。 

 何の勉強しおるんや?」 

分子生物学です」 

「なんじゃそのわけの解らん学問は? 

 やっぱり兄ちゃん、ワシらとは頭の出来が違うわ〜。 

 ははは!」 

「そんなに変わらないですよ〜。 

 それに私は仲間内じゃオチコボレですから」 

 

ワシらの<ら>って誰? と思いつつも、 

つつがなく返答する。 

 

「まあ、頭ええ言うても色々あるわなぁ。 

 斜に構えとるヤツもおる。そういう連中はワシは好かん。 

 でも兄ちゃん全然そんなことあらへんわ。 

 ワシとちゃんと話しおるしのう」 

「はあ? 普通は話しかけられたら返すんじゃないですか?」 

「いや、斜に構えるヤツもおるねんて。 

 こっちがあいさつしおるのにマトモに返さんヤツもおる」 

「あ〜、結構いそうですねぇ」 

「ホンマやで。その分兄ちゃんは愛想ええわぁ」 

「あはは! おっちゃんがええ感じの人やからね」 

「そうそう(笑) どんどん話てもろてええんよ? 

 話しかけられたらワシは返すよってな」 

「じゃあ、そうします(笑)」 

 

店主は焼き続けている。 

狭い店内で食べる人より持ち帰る客が多いからだ。 

いつ客が来てもいいようにある程度は 

ストックしておく必要があるのだろう。 

 

「そや! 兄ちゃん!」 

「な、何ですか?」 

「この前、新聞記者が来おってな。 

 朝日新聞に載ったんよ、ウチの店!」 

「唐突にビックリするじゃないですか。 

 でもそれって凄いことですよねぇ」 

「ま〜そうかもな。記者さんエエ人やったで〜。 

 震災のこととかを取材して行きはったわ」 

「震災ね。神戸はひどかったですからね」 

「ひどいなんてもんやないで。 

 知り合いがどんどん死におった。この店もペシャンコよ」 

「そうなんですか!?よく助かりましたね」 

「おう。この店に住んでるわけやないからな。 

 でもワシが店もろとも押しつぶされたと勘違いした客もおった。店先に花置かれたりな」 

「まだ死んでないのに(笑)」 

「そう! まだ生きとるっちゅうねん!(笑) 

 でも心配してもろて嬉しかったわ。 

 実際助かってるわけやし。 

 長田区が大火事になったからあそこのイメージばっかり 強いけど、 

 実際この店がある灘の近辺が 

 一番ようけ人が亡くなりはったんよ。 

 だからみんなはワシが死んだと思ったみたいやわ」 

「そして再建して記者に取材を受けた、と」 

「そう!」 

 

店主は鉄板の火を緩めて棚をさぐり始めた。 

そして紙片の束をテーブルに置いた。 

 

「これが記者さんの名刺や」 

「あ、ホンマですねえ」 

「他にもお客さんがくれた名刺を全部とってあるんよ。 

 ワシの自慢や」 

「うんうん。いっぱいある。 

 え〜と、他にはどんな人が来てるのかな」 

 

名刺を一枚一枚めくる。 

衝撃の一枚を発見。 

 

山口組○×○× 

 

はう!? 

 

これは凄い名詞を発見してしまった。 

さすが神戸。 

一抹のたこ焼屋と言えどもヤックンが来るとは。 

そしてヤックンに名刺があったとは。 

滅多に拝めない代物だ。 

う〜ん。 

やっぱりヤックンと言えども関西人なわけだからたこ焼買いに来るんだな〜。 

私は一人で妙に納得してしまった。 

 

ヤックン名刺は何枚もあった。 

毛筆書体で書かれている。物凄い迫力だ。 

それにしても漢字がやたらと多い。 

山口組ってこんなにいろんな部署に分かれているのか。 

正式名称で自分の所属を表記すれば軽く20字はあるようだ。 

 

「こいつなんかはなぁ」 

 

と、店主はある一人の名刺を指差して言う。 

 

「子供の頃からワシがたこ焼食わしてやっとった。 

 今でもよく来おるで。 

 事務所から電話しるんよ。 

 今から行くから焼いとって〜ってな(笑) 

 だからこいつはワシにゃあ頭上がらんのよ」 

 

感嘆。そして沈黙する私。何と言えようか。 

事務所ってやっぱりあの事務所のことだろうな。 

「おいこら兄ちゃん、今から事務所に来てもらおうか!?おう!?」と 

テレビとかで脅しをかけるあの事務所。 

しかしヤックンの事務所って何をしているのだろうか。 

シノギの売り上げや利益、コスト計算などを 

パソコンを使って処理しているのだろうか。 

すると強面の人がエクセルやワードと向き合っているわけか。 

光熱費や水道代を振り込んだり、請求書を印刷したり。 

社内システムとかも独自のものを使ってそうだ。 

仮にSEだったとしても、ヤックンの事務所には絶対派遣されたくないな。 

 

なおも店主は続ける。 

 

「この辺りで騒ぎを起こすヤツなんかおらんで。 

 地域のつながり強いしなぁ。 

 何かあったらすぐにみんな集まって来おるわ。 

 知り合いにはヤックンもおるよってな(笑) はははは!」 

「はは・・・」 

 

私の顔は引きつる。 

 

「そうビビりなさんなって!(笑)  

 別にワシが怖いわけやないがな!」 

「いや、十分怖いですけど」 

「ちょっと待ちいな兄ちゃん。 

 案外そういう連中の方が分別が分かっとるで? 

 ワシの店の前に車止めたヤツがおったんよ。 

 別の店に行くのにな」 

「別のって言うと、隣のコンビニとかに?」 

「そう、多分そこのコンビニにや。 

 したらこっちは商売上がったりや。 

 ウチに来る客が車止められへんわ。 

 せやからどけてもらいたいわけよ」 

「そりゃあ、そうですよね。おっちゃんが正しい」 

「やろ? で、運転手に言うたわいな。 

 車どけてくれって。いきなり怒ったりはせんよ? 

 普通に言うただけや。 

 でもよ〜っく見たらヤックンやったんよ。実は」 

「ええ!?そりゃ大変ことになったんじゃないですか!?」 

「んなことあるかい。こっちは商売や。 

 どいてもらわな商売ができん」 

「で、どいてくれって言ったわけですよね? 

 相手はヤックンなのに?」 

「おう。したら向こうも商売やっとる身やわな。 

 事情もわかっとるわな。 

 あっさりどけてくれおった」 

「おお・・・」 

 

意外な結末だ。 

 

「それだけやない。気づかなんですまんかった、言うてな。 

 帰りがけにたこ焼買って行かはった。 

 な? 案外そういう連中の方が話が分かるんやって」 

 

事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだ。 

世間では恐れられている存在ではあるが、 

やはり彼らも商売人。 

不当に他人の商売を害することはないというわけか。 

 

店主の話は尽きることを知らない。 

長年の経験談は何度も語っているせいか無駄がない。 

次々と沸いてくる話をどれほど聞いたことか。 

 

「同じ所にずっといると周りの変化がよく解るわ。 

 アベックで来とった二人が結婚して子供連れて来たりな。 

 反対に別れてもうたり(笑) 

 ガキがいつの間には大きくなっとったり」 

 

そう言えば・・・、と店主が切り出す。また昔話が始まる。 

さて、次はどんな話か。 

 

「高校の野球部のキャプテンやったヤツがおってな。 

 おもろい子やった」 

「育ち盛りですね」 

 

「そう。よう食いおった。 

 よくワシのたこ焼食いに来おったわ。 

 練習の帰りがけにな」 

「そりゃあお腹が減ってる時にここの前を通れば 

 誰でも食べたくなりますよ。私みたいに(笑)」 

「ははは! そうやな!(笑)  

 その子なぁ、あるとき練習試合の帰りに 

 友達ぎょうさん連れて来おったことがあるんよ。 

 んでワシ、たこ焼焼いとったんやわ。 

 したらそいつら店の前で賭け事始めおった」 

「賭け事?」 

「何や知らんけど賭け事や。小さい賭けやったけどな。 

 せやけど賭け事は賭け事や。 

 ワシは怒ったんよ。 

 学生のクセして賭け事なんかすな〜! 

 お前キャプテンやろ! 

 キャプテンやったら部員を止めんかい! 

 帰れ! お前なんかに食わせるたこ焼はないわ! 

 ってな」 

「厳しいなぁ」 

「厳しいけど間違っとらんよ。奴らが使うてるのは親の金や。 

 親からもろた小遣いを賭けとるねん。それはいかん」 

「いけませんよね」 

「やろ? 

 せやけどその子、次の日になったらケロっとして来おった。 

 おっちゃん、たこ焼ちょうだい〜、言うて(笑)」 

「あはは! 悪ガキだったんやろうなぁ。 

 次の日にもう来たんですか」 

「おもろいヤツやったわ〜」 

「今はもう社会人でしょ、その人。 

 今はどうしてるんでしょうね。」 

「死んでもうた。そのすぐ後に震災でな・・・」 

 

あっけなかった。 

 

あまりにあっけない終わり方だった。 

 

最後におっちゃんは言った。 

 

「もうたこ焼を焼いてやれんようになってもうたなぁ・・・」 

 

たこ焼は私の好物である。

だが学生時代には外で食べることが多かった。 

それは調理器具を持っていないためだけではなかった。 

お気に入りのたこ焼屋があったのだ。 

<たこ焼>と言う名のたこ焼屋が。 

 

私は学生時代は2,3ヶ月に一度通っていたものの 最後までオッチャンは私の顔を覚えてくれなかった。 

同じ話を初顔に対してのように話すオッチャンに 

私は実は何度も来て聴いているんですよ、と言う。 

するとオッチャンは禿げ上がった頭を つるりとなでながら、年寄りに顔を覚えてもらうためには2週間くらい毎日来てくれないといかん、だからもっと来いと言う。 

けど私は別に毎日たこ焼きは食べたくないので相変わらず2,3ヶ月に一度しか顔を出さなかった。 

そしてまた初顔として同じ話を聴いた。 

 

たこ焼きを食べるたびに私は震災のことを思い出す。 

若くして死んでしまった、顔も知らない野球部のキャプテンのことを思い出す。 

そして震災という言葉を聞くたびにたこ焼きを食べたくなる。 

 

震災から、建物や道路はとうに復興している。 

しかし人の心に残った傷跡はどうしても消えない。 

阪神で震災を経験していない人は、何をいつまで震災の鎮魂だと言う。 

しかし、問題は建物の復興ではなく人の心についてなのだ。 

それは何も震災に限ったことではない。 

親兄弟を失うこと。恋人を失うこと。友人を失うこと。 

何かを喪失するということは、一生消えない傷を背負うことに他ならない。 

しかし生きている間に何一つ、誰一人失わずに済むことはまずあり得ないだろう。 

だから震災に限らず生きている人は誰しも少なからず喪失感を抱えているのだ。 

 

残された私たちにできることは、彼らのことを忘れずに年に一度でも心に呼び起こし暖めてあげることだと思う。 

 

南極みかん

異常体験というものは、多かれ少なかれ誰にでもある経験である。 

異常と言うと語弊があるかもしれないが、 

要は一般ピープルはまず経験しないようなことである。 

それは幽体離脱であったり、宝くじに当たることであったり人それぞれ。 

今回紹介する私の異常体験は幽体離脱程ではないにしろ、 

多分世界中で私くらいしか経験したことはないのでは、という話。 

 

あれは私が大学の4回生の頃。 

研究室に入って一年目のことであった。 

季節はすっかり冬の色を濃くし、毎朝登校する時には 白い息を吐き出す程になった。 

寒い寒いと言いながらも私は研究室に通っていた。 

 

その日、研究室の一画の休憩室には箱ごと入ったみかんが 置いてあった。 

しかし私の所属していた研究室は大所帯で 

「誰でもご自由におとりください」なんて代物は 

あっと言う間になくなってしまう。 

当然みかんも例外ではない。 

夕方にはほとんどなくなってしまっていた。 

実験が詰まりに詰まってろくに休憩も取れなかった私は まだみかんを食べられずにいた。 

 

そこに、とある先輩の一言。 

 

「タムケンちゃ〜ん。氷みかん食べる〜?」 

 

やった! これは天の助けだ! 

実は私は大の氷みかん好き。 

冬だろうがなんだろうが是非とも食べたい。 

その日の実験を切り上げるかどうか迷っていたので 丁度良いタイミングだった。 

ふたつ返事で頼み、急いで時間を作ろうとした。 

そうこうしているウチに氷みかんは出来あがり、 次々と減っていく。 

私は何とか実験に一段落をつけ、氷みかんを探した。 

が、ない。どこにも。これはどうしたことか? 

 

「すいませ〜ん。氷みかんどこですか〜?」 

 

「ああ、今食べ終わったトコ♪」 

 

何ですと!? 

 

お〜〜〜い! 

食べる?って訊くだけ訊いておいて、 

どうしてさっさと食い尽くしているんだ。 

無理に実験を切り上げた私の立場はどうなるんだ。 

これだから下っ端は辛い。 

 

だが私の食欲はそんなもんじゃくじけない。 

残り一つになったみかんを手に入れて自ら作ることにした。 

こうなったら他人は信用できない。例え先輩といえども。 

そしてみかんをフリーザーに入れた。 

それも−80℃のフリーザーに。 

 

これはもちろん家庭用のものではない。 実験のような特別な条件を必要とする場合に使う特殊なフリーザーである。 まず一般ではお目にかかれない代物。 

 

−80℃の世界は、手が湿っている夏場などは結構危険である。 手がすぐに凍ってしまうからだ。 よく冷えた氷を触ると手について離れないが、 その何倍もの冷気を産み出せる温度。 

その温度で氷みかんを作ることにした。 

ちょっと冷静に考えれば危険の二文字がすぐに思いつくのであろうが、 愛しの氷みかんを目の前で失ったショックで みかんだけでなく私の思考までもが<フリーズ>していた。 

 

その時の私の頭の中ではこんな図式が浮かんでいた。 

 

0℃の氷みかん→とっても美味い。 

 

−80℃の氷みかん→0℃の80倍美味いに決まってる! 

 

理系のくせに我ながら破綻した図式だ。 

しかし私は破綻に気づかない。15分後まで。 

 

フリーザーにみかんを入れて15分後、やっと出来た。 

嗚呼、麗しき氷みかんが。 

私は氷みかんを作るにあたって独自の製法を持っている。 

むしろそれはこだわりと言える。 

皮を全部むき、筋の一切をとり、凍ったみかんがすぐに 食べられるように粒をバラバラにするのだ。 そしてビニール袋に入れて冷凍する。 こうすると堅いみかんが溶けるまで待つことなく食べることができる。 

 

−80℃のフリーザーの重い扉を開けると 

粒々の極上の氷みかんが産声を上げた。 

冷気をしたたらせる氷みかんのなんと美味しそうなこと! 

 

確かわらしべ長者の一説だったか。 

手にしたみかんを、喉の渇きを訴えたお姫様にあげて、 主人公は巨万の富を得る。 逆に考えると、お姫様は巨万の富を与えてもいいくらいの 渇きを感じており、みかんにはその価値があったというわけだ。 

そのときの私にはお姫様の気持ちがよくわかった。 

もう何にかえても氷みかんを食べたかったのである。 言わば氷みかんボルテージMAX。 

 

テーブルに座って食べるなんてだるいことはできない。 

今すぐ食べるのだ! 

白衣を着たまま、実験道具を片手に 私は、−80℃の氷みかんの一粒を、口に、放りこんだ。 

 

ワオ! 

 

おいし〜! つ〜めた〜い♪ 

 

冷た美味し〜〜〜♪ 

 

冷たい冷たい美味し〜〜♪ 

 

冷たい冷たいつめた、つめ、つ、つめめめめつめ・・・・・・ 

 

!? 

 

NO〜〜〜〜〜〜〜!! 

 

はわわわ! 冷たいを完全にぶっちぎってメチャクチャ痛いよ!! 

痛い! 口の中がべらぼうに痛いです! 

針でも口の中に入ってるのでは!? 

すいませんでした! 無茶なことしてすいませんでした! 

生まれてきてすいませんでした! 

南極だ! 私の口に南極がやって来た! 

ヤバイ! マジで死ぬぞこれは! 

−80℃の冷気がよもやこれ程とは! 

 

身の危険を感じた私は急いで吐き出そうとした。 

が、極低冷気で口が凍って開かない! 

どうしても開かない。 

舌と上あごが氷みかんをはさんだままビクともしない。 

口内の水分が凍結し、肉を接着してしまっているのだ。 

まるで生まれた時から口が開かなかったかのような錯覚に陥った。 

痛みはすでに消失していた。感覚が麻痺している。 

みかんを口に含んでわずか10秒足らずでこのあり様。 

と、口の中で音がした。 

 

 

ベキッ! 

 

 

何!? 何の音!? 

私の口の中で一体何が起こってるんだ!? 

骨か!? 温度差で骨が折れた音か!? 

しかもそれは私の骨なのか!? 

ななななんとかせねば! 

 

なんとかしたいのは山々だがなんとかできるわけがない。 

完全にパニックに陥ってしまい、何をすればいいのか全く思いつかない。 

凍った口をどうすることもできず、ただ休憩室を弱々しくのたうつだけ。 

しまいには一人でなぜか盆踊りのような動きをしていた。 

口の中が凍ったことで、なぜ盆踊りをしたのかは我ながら謎である。 

休憩室の中には何人かの先輩や同期が談笑していたが、 

平常時から奇妙な行動をとる私に注意を払う者無し。 

まさか私の口の中が凍っているとは誰も知らない。 

もちろん誰も助けてくれない。 

もう少し普通っぽく振舞っておけばよかったと私は後悔したが 

時すでに遅し。 

 

しかし、やはり−80℃と言っても一粒のみかんに過ぎない。 

徐々に温度が上がって3分くらいで溶け始めた。口も開いた。 

心底ほっとしたのは言うまでもない。 

口中がヒリヒリと痛んだがそんなことはどうでもよかった。 

私は生還したのだ。−80℃の極低温の深遠から。 

気分は南極点から生還した冒険家の気分だった。 

 

口が開いた私はようやく盆踊りを止め、床にへたり込んだ。 

白衣を着、左手にはフラスコ、右手には残りの氷みかんが入った袋を 持っていた私の口から、溶けかかった氷みかんの一粒がぽろりとこぼれ、 べちゃりと床に落ちた。 

20歳そこそこの若者がこんな状態になるなんて 稀に見る現象である。 

またタムケンがおかしな行動をとり始めたと思って放っていた 先輩方も異変を察知し 

「普段よりいっそう変だけど、どうしたの?」

と心配しているのか、していないのか微妙な言葉を投げかけた。 

 

私は息も絶え絶え事情を説明した。 

口の中に南極が訪れましたと。 

すると先輩からこう言われた。 

 

「さすがタムケン。よし、今度は液体窒素で氷みかんを作って食え!」 

 

確か液体窒素って-190℃くらいじゃなかったっけ? 

そんなの食べたら脳が凍りますよ!と私は真剣に抗議した。 

先輩は笑顔だったけど眼が笑っていなかったので わりと本気だったような気がする。 

それ以来、私は氷みかんを一度も食べていない。 

 

で、結局何が言いたいかと言うと、 

「何にせよ、南極から帰ってきた探検家はすごいのだ」ということ。 

 

 

アンニョ〜ン

韓国人が日本の卒業式に出るとこうなります

長男のコナンが先月小学校を卒業した。
幼稚園を出た頃は赤ちゃんっぽいこともあったけど、(親の勝手なイメージ)もうすっかり少年になり、心なしか声もハスキーになり低くなってきている。こうやって徐々に大人になるんだなぁ、と思うと、嬉しいような寂しいような。

卒業式当日。

小学校の卒業式は自分が卒業して以来だから何十年ぶりにもなる。
昨年から流行しているコロナのせいで在校生の送辞や参加は無し、来賓大幅減、保護者も2名までと言う制限付きだが、式を出来ないよりはずっといい。

式をする体育館にタルギと入ると、数十名の保護者が既に着席しており、中には知り合いもちらほら。PTAをやり、コナンの少年サッカークラブの繋がりもあるので、わりと顔見知りが多い。独身なら無かったであろう子供の保護者を通じた地元のつながりは、この6年間で大きく広がったと実感。
顔見知りの人たちの中に夫婦で座ると、やあ、おめでとう、ありがとう、中学ではまたサッカーやるの?ウチは別の競技で〜、○○さんちは隣の市の中学に入るらしいよ、とか何とか、近況報告でワイワイガヤガヤ。関西人は常に喋っている。

一通り知り合いに挨拶するとタルギが私に小声でささやきかけた。

「ね、タムケン、ちょっとききたいんだけどさ」
「何?」
「みんな何が楽しいの?」
「え?」
「日本の卒業式って静かってきいてたけど、楽しげにワイワイ喋ってるやん。何か楽しいの?」

何か面倒なこと言い始めたよこの子。

「まだ式の前やし、そりゃ保護者同士で久しぶりに会うんだから話に華も咲くでしょうに」
「ふーん、そうなんだ」

タルギも楽しげに喋ってたじゃないの、と思いながら答えた。タルギはふーんと、何度か呟いた。
しばらくするとまた口を開いた。

「めでたいの?」
「え?」
「おめでとうございます、って言うけどさ、何がそんなにメデタイの?」
「そりゃ無事に卒業するんだからメデタイでしょうよ」
「小学校、成績悪くて卒業出来ない子っているの?」
「おらんね、多分」
「じゃあ努力とか要らないわけでしょ。頑張って受験して入学してれば凄い!メデタイ!ってなるけどさ。誰でも卒業できるなら小学校の卒業なんてめでたくないやん。ねえどうなん?ねえねえ、どうなん?」
「うーん、そう言う見方するかね」

すでにウチの嫁さんはかなり面倒な感じだ。そして嫌な予感がヒシヒシとしてきた。韓国人、タルギの持つ大陸の目線であれやこれやと式の最中に聞いてくる予感が。
そうか。私は数十年ぶりの卒業式だが、タルギにとっては初めて見る日本の卒業式なわけだ。タルギにとっては何かと面白いと言うか、疑問になることも多いのも当然ではある。

え?こんな調子で質問攻めになるの?マジっすか!?と少なからず心中で驚愕していたところ、教頭先生がマイクをとり、挨拶をはじめた。

いよいよ卒業式が始まった。

先生に引率されながら、子供たちが入場。

驚いたのは子供たちの衣装の進化だ。もう、ちょっとしたファッションショーと言っていい。
特に女の子が凄まじい。ややフォーマルなスーツっぽい子、お姫様チックなワンピースくらいはいつの時代もありそうなもんだが、1/3はAKB48さながらで、巷で見かけたらどこかの私立中学の制服の子では?と思えるようなデザイン。一見してみんな同じようで実は全員異なるチェックのスカート。後で知ったのだがどうもAKBや乃木坂がブレイクして以降のトレンドファッションらしい。
そしてここ数年急増しているのが袴。大学の卒業式かと見まごうレベルのきっちりした仕立て。コナンの小学校では1/3近い女子が袴を着ていた。
さらに今年はは近年でも特徴的と思われる点がある。それはマスクのデザインだ。
昨年からコロナの流行であらゆる場面でマスクの着用が義務付けられている。供給が不足していた2020年の春はとりあえず何でもマスクをつけていたのであろうが、今年は世間に十分な量のマスクが供給されているため、デザインもかなり豊富になっている。マスクをつけることは当たり前、服に合わせて色合いを合わせるのも当たり前で、気合の入った子は袴やAKBスカートと同じ柄や、どこで買ったのか、あるいは手縫いしたのかと思われるハイレベルの刺繍をバッチリ入れたマスクをつける子もいた。マスクは単なる公衆衛生の備品ではなく、スカーフやネクタイのレベルに昇格したのである。左今は外出するときはマスクをしないと不安がる子もいるらしいから、さらに進んで下着の地位をも射程距離におさめていると言っていい。

女の子ほどではないが、男の子もかなりオシャレをしている。どうやって来たの?と思うくらいピチピチのスーツ、ツーブロックの刈り上げ、長めの前髪にワックスで流れをつけ、韓流ポップスターのような出で立ちが流行り。いや、そのスーツは明日からどうすんのよ、今日しか着ないでしょ?と思うのだが、それは我が子の晴れ舞台と言うことで、ガッチリお金をかけている。
袴、スーツ、AKB、韓流スターが次々とやってくる様に、目眩を感じるのは私だけだではないと信じたかった。

何てことだ。

近年の卒業式のファッション化の様相を目の当たりにし、もはやため息が出るレベルである。

そんな状況で、ウチのコナンはややブカブカのスーツを着て登場。

何やら妙に安心。現実に戻った気がした。
コナンに限らず、男の子はとりあえずキレイめの服を着せてる家も多く、さほど目立つこともなかった。よかった、息子で。娘っ子のファッションショーにはとても付き合ってられないもの。
とは言え、韓流スターもいる中で、野暮ったいスーツでいることには違いない。多少の気後れもするかもしれないが、すまん、コナン、ウチはこんなもんです。
卒業式なんて普段着でええねん、半年後には着れんやろ!捨てるしかないやろ!と憤るタルギをなだめて、メルカリの中古でゲットした子供用スーツが精一杯でした。そう考えると逆パターンもあったな。韓流スタースーツを買って、来年メルカリで中古品として売ると言う手が。いや、時既に遅いわけだが。

ファッションショーを終えた子供たちが着席した。しん、と静まる体育館。
教頭先生が再びマイクをとった。

「一同、起立!」

卒業式や入学式ではよくあるが、こういう時、保護者の動きは全く揃わない。え?立つの?とキョロキョロしながらバラバラと立ち上がる人が多い。
よく聴くと起立の指示は違う。
児童、在校生、職員、一同などがある。保護者だけ起立することは無いので「一同」と呼ばれたら立てばいいのだが。聴いてれば分かると思うのだが、なんで一同起立、で立たないのだろう。と、思っていた私の横で

タルギ、立たず。

お前もか!?

私が立ち上がっていると、あれ、立つの?と言う顔で見上げる。うん、立って、と目で促して立たせる。もぞもぞと立ち上がるタルギ。そこへ教頭先生の指示。

「一同、礼!」

ここは一斉にお辞儀。

タルギ、え?と言う顔のまま何となくお辞儀。

「一同着席!」

一斉に着席。
起立では揃わないのに着席は揃うから不思議。

「ねえねえタムケン」
「何?もう式がはじまってるから静かにね」
「いや、教えてほしいのよ、どうしても、今」
「何を?」
「なんで礼するの?」
「え?」
「さっきみんなで礼したやん。なんで?」
「なんでって言われても分からんけど、最初は礼をするね」
「誰に?先生とか来賓にするならわかるけど、誰もいないのに誰に礼してるの?」
「誰にって言われてもなぁ」

分からない。日本の神々や精霊にかな?

「神様に、かなぁ」
「見えない神様に礼してるの?日本人は神様信じないやん」
「じゃあ国旗に、かな。演壇の頭に掲げてあるし」

これがまずかった。

「国旗?国に対しての礼?じゃあ天皇に対して礼してるの?私はいちいち天皇に礼をせなあかんのか?韓国人の私がなんで日本の天皇にいちいち礼をせなあかんねん!イヤや、そんな礼は絶対イヤ!腹立つわ!」

断っておくが卒業式真っ最中のやり取りである。

しまった。国旗に礼と行った途端にタルギがプンスカ憤慨し始めた。いや、韓国人全般的に共通する感情と言えるかもしれない。

「私は国や天皇に礼なんぞせん!」
「う、うん、それでも構わんよ」

保護者が礼をしなくても大したことはない。そもそも礼は強制ではない。礼イヤ〜だの、礼アニ〜だの、カンナムスタ〜イルだの騒がれるよりは遥かにいい。ここは穏便におさめるべき。

以降、「礼!」と言われるたびに、なぜか「はん!」と胸を張って、私を見下ろすタルギ。いや、なんでそうなるのよ。何も胸を張る必要はないでしょうに。しかもなぜ私を見る?どういう気持ちなのだろう。

国歌斉唱でも、
「日本の国歌なんか知らんな」
とか
「歌わなあかんの?誰に?何のため?」
とか
「単に国歌と言うからには私は韓国の国歌でもいいのか?」
とか
「何ならアメリカ人はアメリカの国歌になってもいいのか。保護者も多国籍化しているんだから世界中のあらゆる国歌を同時に歌うことになるかもしれないけど国はどうするつもりなのか」
とか、いちいちうるさいことこの上ない。
ある意味、世界の国歌同時に斉唱とかは見たい気もするが、終始うるさい。
もめているうちにジャパン国歌終了。

次は今年は数少ない来賓の方々の挨拶。

国旗に対する礼は最初だけで、あとは校長先生や、来賓として来られているどこかの何とか委員のおじいちゃんや(忘れた)、府議会や市議会の議員さんの挨拶(忘れた)のたびに、一同は立ち上がって来賓に礼をするわけだが、カンナムスタイル(タルギはゴリゴリの釜山出身ですが何となく)のタルギさんは毎回礼をせずに「はん!」と胸を張る始末。もういいや。とりあえず静かにしててくれれば。

そしていよいよ卒業証書授与。

生徒はその他大勢ではなく、一人ひとり、校長先生から卒業証書を頂く最も親が泣く儀式。
担任の先生が名前を呼ぶ。

「6年1組 アサオカ マイ!(仮名)」
「はい!」

元気に返事をして、一人づつ、登壇して校長先生から卒業証書を頂く。シャッターチャンスMAXのこのときばかりは、生徒もマスクを外して登壇することになっていた。
我が子が小学校を卒業する思い出が、顔を隠した写真ばかりにならないように小学校がはからってくれている。
こんなこと民間なら大したことはないかもしれないが、がんじがらめの教育機関としてはかなりの覚悟と調整が必要なことだろう。PTA会長を経験した私としては学校側の苦労が透けて見える気がした。校長先生、教頭先生、教育機関の皆様、お心遣い感謝します。

タルギ曰く。

「え!?一人づつ、コレやるの!?手渡しで紙をいちいち渡すの!?全員!?今から全員!?正気っすか!?」
「そりゃやるよ。式の見どころだもの」
「ウソやん!どんだけ時間かかるねん!パパっと渡したらええやん。信じられん!」
「いや、タルギさん落ち着いて」
「これが落ち着いてられるか!」

殿、殿中でござる、殿中でござる!とタルギを抑える私。
一体全体なんだこの状況は。私は何をするためにコナンの卒業式に来たのか。憤る韓国の殿下をなだめるためでは無いことは確かだ。

卒業証書を受け取った子供は、ゆっくりと演壇を降り、保護者席の前を通り過ぎ、予め用意されたテーブルの箱に、証書を入れていく。

「ちょっとタムケン見た!?見た!?せっかくもらった証書をあそこに入れてる!なんで持ち帰って着席しないの!?」
「まあずっと持ってると不便やからね。置くところもカバンも無いし、式の間、手に持ってると曲げたり破いたりする子もいるかもしれんし」
「じゃあ一枚づつ渡す意味ないやん。
 回収するなら渡さんでもええやん。
 何のために渡すのさ。
 このクソ長い待ち時間は何なのよ!」
「まあこんな感じなのよ、日本の卒業式は」

改めて指摘されると説明できないことも多い。タルギの疑問も分からなくはない。

「変わってるわ〜、日本の卒業式変わってるわ〜。時間かかるわ〜。面倒くさいわ〜」

その後もタルギは変わってるわ〜を十回は唱えて式終了。
もうね、全然コナンのこと覚えてない。タルギをなだめている間にいつの間にか終わってしまった。
最後の最後まで、礼!と言われるたびに「はん!」と胸を張っていたのはよく覚えているが。

え?子供たちが卒業するたびにこんなやり取りせなあかんの?
韓国人を日本の卒業式に出席させると大変だけど刺激的ですよ、という話。

アンニョ〜ン

蚕の脱走

人の性格は十人十色。 

それを個性と言うが、時に他の9人を圧倒する人がいる。 

マッチョはそんな圧倒的な色を持つ人間だ。 

 

マッチョは私が大学時代に所属していた研究室の先輩だ。 

たまたま同じ会社に入ってしまったので会社の先輩にもあたる。 

しかし部署が全く違うので、上司と部下という関係ではなくあくまでも学生時代の先輩と後輩のままであった。 

商売や仕事上での接点がないため、今でも気軽に付き合える数少ない存在。 

 

学生時代、私が研究室に入ってマッチョを見、一目で分かった。 

 

「この人は多分、凄い人だ。しかも私に匹敵する変人だ」 

 

まず外見。

とにかく貧弱である。マッチョという名で呼ばれているのに細い。体重は40キロくらい。 もうおこちゃまサイズである。 

ヒゲは濃い。メチャクチャ濃い。イスラム人並である。 私が思うに、ヒゲに栄養をとられているから体が細いのだろう。 

ヒゲの濃さを強調するかのような坊主頭で、 

風貌は横山のやっさんそっくりである。 

身につける服は毎日大差ない。 

上はTシャツ一枚。もうダルダルに伸びきっている。 

冬場はセーターを着込んでいるが、これもダルダルで 毛玉の宝庫と化している。 

下は何百回も洗って完全に色落ちしたジーンズ。 藍色ではなく薄い水色。 

足元はボロボロに破けている。 

本人曰く。 

「俺は物もちがいいのだ」 

何でも中学の頃からの愛用品だとか。 

そしてベルトをしている。 

中学生がつけるようなベルトで、布製。 

通し穴はなく、バックルの部分でウェストを調整できる。 

これもかなり傷んでいて、布の形状は保っておらず、 太い糸の束を腰に巻きつけている状態。 一度バックルから外すと元の状態に戻せそうにない。 

マッチョに訊いたところ、着脱の際には完全に 外さないようにすることポイントだそうだ。 

「それが技術というものよ」

と 、なぜかほくそ笑んでいた。理由は不明だ。 

総合すると、完全に乞食の様相をかもし出している。 

一度見ると忘れられないインパクトがある。 

しかしそれぞれの服自体はよく洗ってあるので ボロはまとっているが不潔ではない。 

 

マッチョは元々実家から通っていたが、 

親がうるさいという理由で、お金持ちの友達の家の 離れに居候していた。 

家賃ゼロ。水道、ガス、電気代ゼロ。 

かなりいい物件を抑えていた。 

しかしロケーションが悪く、家から通うよりも 登校に時間がかかることが難点。  

加えて、風呂のガスが壊れており、 風呂場にお湯が出なかった。 

普通なら家主に相談して修理してしまうが、 

マッチョの思考回路は違う。 

銭湯通いを選択した。 

しかし銭湯は毎日入るとけっこうお金がかかる。 

だからマッチョは学校の近くのアスレチックジムの 会員になり、そこで風呂だけを利用していた。 

ボロを来た横山のヤッサンがジムに入り、 運動は全くせずに風呂だけ入って帰る図。 

かなり異様だ。けど違反ではない。 

学校に来たときだけ近くのジムで風呂に入れるので 休日の前の日は「明日の風呂どないしよ〜」とよく嘆いていた。 

ジムの会員費を風呂の修理代に回せばいいものを、 なぜかジム通いに執心する心理が分からない。 

だけど私は一切忠告しなかった。 

だってその方が面白いから。 

毎日夕方6時ごろに研究室を出ては、洗い立てのツヤツヤの 髪で7時くらいに戻ってくるのも面白かった。 

こういうわけの分からないこだわりを持った面白い人は 私の大好物なので、私はいつもツヤツヤの坊主頭をなでながら 

「今日も良い感じに洗い上げたね〜」

と ニコニコしていたものだ。 

 

マッチョは研究においても変なことをよくしでかした。 

彼が行っていた研究は蚕の休眠メカニズムの解明だった。 

蚕は絹糸を使って繭を作り、その中で成虫になるまで眠る。 

その際に、蚕の脳ではセロトニンという物質が分泌される。 

そのセロトニンの分泌をコントロールすることで 虫の休眠を誘導したり、阻害したりして、 害虫の駆除などに役立てようという研究だ。 

従って常に蚕を育てつづけなければならない。 

 

ある夜、マッチョが血相を変えて研究室に飛び込んできた。 

夜更けだったので、私を含めて数人しか残っていなかった。 

マッチョは口をパクパクさせながら 、大変だ大変だとわめき散らす。 

何が大変なのかさっぱり分からなかったが、 

マッチョがここまで取り乱したのを見たことがなかったので 私たちも動揺してしまい、 

何か知らんがこれゃ大変だと一緒にパニックになってしまった。 

放射性同位体、つまり放射能が漏れ出してしまったとか、 何千万円もする機械を壊したとかそういうことだと 勝手に勘違いした。 

何が大変か分からないが、とりあえず理由を訊いてみた。 

 

「俺の蚕が!」 

「蚕がどうしたの!?」 

「家出した!」 

 

はい? 

 

蚕が家出したとはどういうことか。 

研究用の蚕は卵を企業から買い、 桑の葉のブロックと一緒に保温機の中に入れて育てている。 

保温機は内側からは開かないし、蚕にそんな力はない。 

その蚕が家出したとはどういうことか。 

まずは現場を確認しようと思い、 

みんなでわらわらと保温機のあるところまで走って行った。 

そして現場に到着。 

私たちは絶句した。 

 

床一面が蚕の海と化していた。 

 

なんじゃこりゃあ!? 

 

全員がジーパン刑事状態。 

後で分かったことだが、マッチョは掃除したときに 保温機の除水口を閉め忘れてしまい、 

その穴から蚕が大脱走を始めたのであった。 

息切れしてその場に留まる蚕、 

元気よく走る蚕、  

友達に出会って立ち話をしている蚕、 

ここはいい感じだと繭を作り始める蚕。 

繭を作るか作らないかで薬剤の注射をする研究なので 蚕が勝手に繭を作ると実験を続けられない。 

 

「マッチョ、やばいよ!もう繭作ってる蚕がいるよ!」 

「あ!ヤバイ!研究がオシャカになってまう! 何て気の早い連中だ!」 

 

私とマッチョがそんな会話をしている間にも、 繭はどんどん作られて、脱走蚕は範囲を広げるばかり。 

しかも困ったことに、たまたま居合わせた連中は 全員虫が大嫌いという悪運。 

 

「マッチョ!私たちは虫が大嫌いなの! 

 自分でなんとかしてよ!」 

「すまん、それはできん!」 

「どうして!?」 

「俺、虫アレルギーやねん!泣」 

 

だめじゃん! 

 

誰だよ、この人に虫の研究なんてさせたのは! ミスマッチもいいところだ。 

アホか!とか、うっさい!とか言い争っている間にも 更に繭は大きくなり、脱走蚕は逃げまくる。 

蚕は普段はおとなしいが、本気で走ると意外に速い。 

ゴキブリ、とまでは言わないが、芋虫くらいの速度はある。 

そこで少し冷静になった人からの神の一声。 

 

「別に手づかみにしなくてもいいんだから 

 ホウキとちり取りで集めちゃえばいいんじゃない!?」 

 

グッドアイデア!  

 

ワラワラと集まった学生は、ホウキとちり取りを 集めるためにまたワラワラと走り去った。 

 

ブツを入手した面々は、あーだこーだと ギャーギャー騒ぎながら何とか蚕を集め、 保温機に戻すことに成功した。 

この夜のことは「蚕 大脱走事件」として 

後々まで語り継がれることになった。 

 

さて、研究の失敗はさておき 普段はあまり外出しないマッチョであるが、 いざ目標ができるとその行動力は凄い。 

 

研究室にいる最後の年、マッチョは突然 

「学園祭に出店するぜ!」

と言い出した。 

めんどくさいからヤダ!という大方の意見を退け、 出店の応募、研究室内への協力の呼びかけ、学園祭全体の準備、 買出し、店の場所とり、その他もろもろの雑用をほぼ一人でこなした。 

この実務手腕はなかなかの手際だったので、 最終的にはみんなかなりやる気になって 研究の合間に学園祭の準備に携わった。 

  

店の商品はホットケーキ。 

マッチョがマクドナルドの店員として働いていた経験を 活かせる内容だ。 

毎日のように店でホットケーキを焼いていたので彼は自信満々。 

 

ところが。 

 

いざ当日、開店していきなり店が滞った。 

いつまで経ってもホットケーキが焼けないのだ。 

なぜ? 

私は店長(マッチョ)に問いただしてみた。 

 

「マッチョ、ホットケーキ焼けないの?どうしたの?」 

「おうタムケン!おかしい。 

 バイト先で鍛えた俺の技術をもってしても焼けないとは!」 

「実際どんな技術なのかは全く知りませんが。 

 で、バイト先ではどうやって焼いてたんですか?」 

「191℃で、1分半や!完璧にこなしてたで!」 

なるほど。 

なぜマッチョは山ほどホットケーキを焼いていたのに 今は焼けないでいるのかが分かった。 

 

191℃、1分半でしか焼けないのだ。 

 

「そんな限定された条件だけで焼けるわけないでしょうが!」 

「うおお!?何を怒ってるねん!?」 

「今使ってるんは鉄板とコンロですよね?」 

「うん」 

「どうやって191℃にするの?」 

「・・・。」 

「1分半計ってるの?」 

「・・・。」 

「それじゃ焼けるわけないじゃん!」 

「しまった〜!そんな穴があったとは!」 

 

気づくの遅い! 

 

その後、料理が得意な後輩がマッチョの代わりにフライパンで焼き、 事なきを得た。 

マッチョは料理人から客の呼び込みにされてしまった。 

出店までの手腕は素晴らしかったが、 

肝心のホットケーキを焼けないという詰めの甘さ。 

その上、店長から呼び込みへと降格。 

 

しかしマッチョを呼び込みへと転向させたことは マイナス効果だったかもしれない。 

だって異様な雰囲気の客引きだったから。 

坊主。ヒゲ。デカ黒縁眼鏡。小男。高い声。そして純白スーツ。 

普段はボロを着ているのに、なぜ純白のスーツだけは 持っていたのかいまだに謎である。 

何なんでしょう、この人は。 

違和感ありすぎ。気合入りすぎ。でもサイコー。 

 

このようにして数々の伝説をこしらえたマッチョは 教授の恩赦で何とか大学院を卒業した。 

その後、会社に入ったマッチョの噂は、 部署が離れていることもあってあまり聞かないが、 また研究所の歴史に残る伝説を作りつづけていることだろう。 

 

 

 

オシマイ。 

 

圧倒人色

 

もうかなり前のことになるが、今の会社で3社目だが、新卒で入社した会社の1つ上の先輩に、大学の研究室の先輩がいた。 

 

たまたま2年連続で私の会社は同じ大学の 

同じ研究室から人を採用した。 

当時の私は営業もどき、そして彼は研究員なので普段は滅多に会うことはなかった。 

 

彼の名前はマッチョ。 

 

別に筋骨たくましいわけではない。 

むしろ逆である。 

身長は160センチくらいなので私よりも低い。 

食べても太らない体質の彼は時期体重が40kg前半という状態だった。 

それでも本人としてはベストウェートだそうな。 

なのにかなりの酒豪で、本気で飲み始めると日本酒を1升以上飲んでしまう。 

一度手合わせ願いたいものである。 

 

あるとき、研究室の先輩が彼の身体の貧弱さを憂えてプロポリスを箱ごとプレゼントした。筋トレをしてもう少し体をマッチョにせよと。それ以来、彼はマッチョと呼ばれている。 

 

彼は今も昔も坊主頭である。 

学生時代はボロボロの服を着て髭もボウボウだったので、当時、新聞を騒がせていたイスラム系のドン「ビン・ラディン」と言われていた。 

だから米国のテロが起こった頃は、 我が研究室はビン・ラディンを匿う砦ということで 

アルカイダと呼ばれていたとかどうとか。 

最近は髭を剃り落としているのでちっこい坊主男に過ぎないが、太い黒縁の眼鏡をかけているのでなつかしの横山のヤッサンのような風貌をしている。 

 

卒業するとき、私はマッチョに会社用の黒い靴下を10枚ほどプレゼントした。 

綺麗な手帳だとか名刺入れだとかは必要ない。彼にとってはもっと実用的なものが必要なのだから。そしてプレゼントに包装は必要ない。どうせその場で破り捨ててゴミ箱行きだ。私は買ったデパートのビニール袋のまま手渡した。 

そんな私のプレゼントは同級生からは 

「そんなプレゼントって有り得ないでしょう!?」と驚かれたが、 マッチョは 

「卒業のプレゼントの中ではタムケンのが一番や」と喜んでいた。 

プレゼントとは自分が渡して嬉しいものではなく、 相手が最も喜ぶ形で渡すのがベストなのである。 

 

マッチョは外見もさることながら、特筆すべきはそのキャラ。 

声は大きく、やることなすことテキトーである。 

けれど頭は切れる。かなり切れる。 

それを利害とは関係なく発揮するのが面白い。 

そして実に愛すべきキャラなので 

究室では男女を問わず、彼のファンは多い。 

もちろん私もファンの1人である。 

 

さて。 

 

新人の頃、私は東京の本社に仕事で出ることになった。 

たまたまマッチョも研修で東京に来ると言うことだったので 久しぶりに二人で飲もうということになった。 

私のほうが先に終わりそうだったので マッチョの仕事が終わり次第、電話をもらうことになっていた。 

 

電話をもらう予定時刻を少し過ぎてから、着信アリ。 

履歴を見ると公衆電話になっている。 

マッチョは携帯電話を不携帯する荒業を使う男だから よく公衆電話からかけてくる。 

私はすぐさま電話に出た。 

 

「あ〜、もしもし?タムケン?」 

「ええ。先日はどうも」 

「で、どこにおるん?」 

「東京駅の丸の内という所です。マッチョはいつ来れます?」 

「いや、お前が来い。俺はヤエスにおる」 

「はあ?私、東京は不慣れなんですが。 

 マッチョは研修で東京にしばらくいたんでしょ? 

 そっちが来てくれませんか?」 

「無理」 

「いや、ですから私は東京は不慣れで」 

「ヤダ」 

「ヤダじゃなくて、頼むから」 

「俺はヤエス」 

「人の話を聞け!ヤエスって何なんですか!」 

「アディオス!」 

 

ブツ・・・。 

 

切られた! 

 

まずい。これは非常にまずい。 

今いる丸の内がどこかも分かってないってのに、 ヤエスとやらに行かねばならんとは。 

とりあえずマッチョに電話してみる。 

しかし無常なアナウンスが告げられる。 

 

「おかけになったマッチョ電話は今、宇宙の彼方にいます♪」 

 

やはり不携帯だ。 

携帯電話なのになんで不携帯なんだ、彼は。 

連絡をとれない以上、私がヤエスとやらに 

行かなければならない。 

 

そもそもどうして東京駅ってこんなに広いのだろう。 

わけの分からない建物はいっぱいあるのに、 

地図を買えそうな場所が全然見つからない。 

エス。ヤエス。ヤエス。 

一体、ヤエスって何? どこにあるわけ? 

地図で探せないならば駅名で探すか。 

私は駅名の一覧表を見た。 

が、どこにもない。ヤエスなんて名前はない。 

なら店か?あるいは待ち合わせスポットか? 

ダメだ。分からん。 

思い出せないなら何とかなるが、知らないものはどうしようもない。 

 

考えるのを諦めた私は、冷たいと専ら噂の東京人に道を訊くことにした。 

でもみんな忙しげ。 

そして異様な雰囲気をまとっていて声をかけづらい。 

なんて言うか、無理やり遠足に行かされて 

延々と寺巡りをさせられた帰りの中学生みたいと言うか。 

 

声をかける人を探して周囲を見回していると、視野に意外な文字が。 

 

八重洲口> 

 

これってもしかしてヤエスって読むんじゃない? 

いや、そうに違いない! 

用心して案内板に従いながら歩いて行った。 

東京は犯罪都市。歩いてるだけでもいつ刺されるか分かりませぬ。 

 

用心に用心を重ねてついに八重洲にたどり着いた。 

何のことはない。 

東京駅の出口の一つではないか。 

なんでそんなことも教えずに電話を切るんだ、マッチョは! 

 

八重洲に着いたはいいが、新たな問題が浮上した。 

東京駅の広さ、そして人の多さだ。 

八重洲口と言ってもかなりの広さだ。 

行き交う人もスーツ姿のサラリーマンが多い。 

多分、マッチョも今日はさすがにスーツを着ているだろう。 

加えて彼は携帯電話を持っていない。 

着いたことを伝えようがない。 

さて、どうしようか。 

 

そんな悩みは無用だった。 

私はマッチョを一発で見つけたからだ。 

あの横山のヤッサンのような風貌はマッチョしかいない。 

あの姿かたちは世界に一人だけしかいない。 

なんだか私は妙に笑えてしまって、 

マッチョも私を見つけてなぜかつられて笑っていた。 

 

爆笑する私とマッチョは、その後、 

彼の同僚が教えてくれたと言う店に向かった。 

 

向かった。向かっていた。はず。 

一向に到着しないが。 

歩き話も一段落したところで、私はマッチョに訊いてみた。 

 

「もしかして迷ってる?」 

「ははは!実におもしろいことを言うね、タムケンは!」 

「絶対迷ってるな、この人は。 

 大体貴方は丸の内も知らなかったじゃないですか。 なのにちゃんとたどり着けるんですか?」 

「ほざけコワッパめ!」 

「ごまかすな!そして誰がコワッパですか!」 

「小童、と書いてコワッパと読む!」 

「それはどうでもいい!店はどこ!?」 

「右」 

「え?」 

「だから右やって」 

「ど、どこの?」 

「信号の右」 

 

東京は信号だらけなんですけど!! 

 

なんてこった。 

たまに店の位置を「角の右」とか 

「公園の左」としか覚えていなくて 

引っ張りまわす人がいるが、マッチョもその類か。 

今回は信号の右ときたもんだ。 

 

けど店の位置を知っているのはマッチョだけだ。 

根気よく彼の記憶を探るしかない。 

 

「信号ってどこの信号ですか?」 

「東京」 

 

やっぱり無理です!! 

 

ボケか?これはボケなのか? 

私への挑戦状なのか? 

日本で一番信号が多いと思われるこの東京で 

信号の右を片っ端から探せとおっしゃっているのか? 

 

「ふざけるのもたいがいにしてよ!このボケマッチョ!」 

「大丈夫!俺に任せなさい!」 

「じゃあ再度質問のお時間をとります。店の名前は?」 

「知らん!」 

「場所は?」 

「信号の右!」 

「信号の場所は?」 

「東京!」 

「東京のどこ?」 

「このへん!」 

 

だ〜〜! 

殴りたい! 

今すぐこの坊主頭を殴りたい! 

ラチがあかないよ! 

 

「あ、ほらタムケン。ここやって。この店!」 

「え?着いたの?」 

「おう。ここに間違いない」 

「なんだ。着いたんならオッケーですよ。やれやれ」 

「この店でええわ」 

「何か言ました!? 

 もしかして今、テキトーに決めたんじゃないですか!?」 

「そんなことないって!気にしない気にしない! 

 ふう。うっさいねん、このハゲチャビンめが」 

「聞こえてるんですけど!ハゲチャビンですって!?」 

「はいはい。タムケンはすごいです。 

 とってもカワイイです」 

「話をそらすな!」 

 

出会い頭に関西人の漫才を聞いた店員はさぞかし驚いたことだろう。 

 

その後もマッチョとの会話はやや怒気をはらみながらも 

延々と盛り上がった。 

やっぱりマッチョはおもしろい。 

こういう個性の強い知り合いは貴重だ。 

 

やがて、私が神戸へ帰る時間が近づいた。 

二人は駅へと向かった。 

マッチョは山手線でホテルへ帰るそうだ。 

私は最終の新幹線で、一路、神戸へ向かう。 

東京駅の中、<ヤエス>付近で別れることになった。 

 

「じゃあな、タムケン」 

「じゃあね、マッチョ」 

 

彼は新幹線の改札まで送ってくれた。 

次に私が東京へ来るのはいつだろうか。 

しかしマッチョは研修を終えて東京にはいない。 

同じ会社とは言え、配属が遠く離れれば、 

もしかしたらもう会えないかもしれない。 

 

それに気づいて、私は上りエスカレーターから振り返った。 

 

マッチョは、まだ、改札に、いた。 

 

私の姿が見えなくなるまでずっと見送ってくれていたのだ。 

なんだか涙が出そうになって、手を振った。 

マッチョも振ってくれた。 

エスカレーターは急かすように私を上へと運び、 

マッチョの姿は見えなくなった。 

 

人は十人十色。 

だが時に他を圧倒する一色を持つ人がいる。 

マッチョは圧倒的な色を持つ人だ。 

その色には、笑いと、意外性と、優しさが深く刻まれている。 

 

漫才〜豆まき道場〜 

 

息子 「わ〜い。今日は豆まきだ〜!」 

父親 「ははは。ずいぶんとはしゃいでいるな」 

息子 「でもウチで豆まきなんて初めてだよね」 

父親 「ああ。我が家の豆まきは本格的でな。 おいそれとはできないんだ」 

息子 「毎晩お父さんが飲んだくれているからだと思っていたよ」 

父親 「何を言うんだ。そんなことはないよ。 さあ、今日は存分に教えてやるぞ」 

息子 「うん!」 

父親 「まず豆を用意する」 

息子 「この豆でいいのかな」 

父親 「いや、違う。普通の豆は使わない。 もっとブルジョワなやつが必要だ」 

息子 「じゃあどんな豆を使うの?」 

父親 「これだ」 

息子 「あ、フジッコのお豆ちゃんだ♪」 

父親 「察しがいいな、息子よ。このねばっこい豆を使う」 

息子 「ねばっこいヤツだね。入れ物はどうするの?」 

父親 「入れ物には今朝捕まえてきた スカイフィッシュを使う」 

息子 「巷で騒がれている幻の飛行生物だね。 大陸の大穴とかに住んでるってテレビで言ってたよ」 

父親 「日本では六甲山にいるとも言っていたがね」 

息子 「無茶な話だよね」 

父親 「だが私ならこの通り、捕まえることができる。 ご覧?」 

息子 「グッタリしてるよ、お父さん」 

父親 「ちょびっと動いている。まだ生きているんだよ」 

息子 「へ〜、これが本物かぁ。初めて見たよ」 

父親 「林の中でお昼寝している子供の スカイフィッシュを長渕キックで滅多打ちにして捕まえたんだ」 

息子 「お父さんって凄いな。僕も頑張らないと」 

父親「でも加減しないと死んで液化してしまうからほどほどにな。スカイフィッシュの死骸が見つからないのも そのせいだ。 それから大人のスカイフィッシュは現役時代のアントニオ 猪木並に強いから絶対に手を出すな。 父さんは一度だけ挑戦したことがあるんだが 肋骨を150本近く折られて半殺しにされた」 

息子 「うん。気をつけるよ。でも大人のスカイフィッシュは見たことがないから 間違えるかもしれないよ。 どうやって見分けるの?」 

父親 「アゴがしゃくれているからすぐに分かる」 

息子 「それなら大丈夫だね」 

父親 「じゃあ次はフジッコのお豆ちゃんをこのスカイフィッシュにねじ込むんだ」 

息子 「痛がっているみたいだよ」 

父親 「構うもんか。どうせ後で死ぬんだから無理やり押し込め。お父さんの肋骨を150本近くバキ折った連中の子供だ。 もしかしたら容赦するな」 

息子 「恨みがこもり過ぎて日本語が滅茶苦茶だよ、お父さん。それくらい本当の豆まきって大変なんだね」 

父親 「ああ。次は豆の投げ方を教える」 

息子 「うん!」 

父親 「まずねばっこいモノの中から昆布を取らないように 豆だけを取る」 

息子 「これかな」 

父親 「それはスカイフィッシュの別バラだ。どうやらメスだったみたいだな」 

息子 「どうして別バラがあるとメスなの?」 

父親 「メスの場合、どれだけ満腹でも甘い物だけはどんどん入る。それは別バラに入るからだ」 

息子 「聞いたことあるよ。これがその別バラなのかぁ」 

父親 「メスの場合、内臓の半分を占めているから誤って 取りやすいんだ。 もっと右。そう、それだ」 

息子 「取れた」 

父親 「それをサイドスローで投げる。ちゃんとプレートの端から打者をかすめるように クロスファイヤーで投げるんだ」 

息子 「クロスファイヤーで?難しいなぁ」 

父親 「間違ってもストレートファイヤーで投げてはダメだ」 

息子 「ストレートファイヤー?それって何?」 

父親 「プレートの端からホームベースを対角線で横切るのを クロスと言う。一方、そのまま平行に投げることをストレートと言う。 右投げの投手が左打ちの打者にストレートで 投げると敬遠と言うんだ」 

息子 「それが敬遠かぁ。よくお母さんが言ってるよ」 

父親 「お母さんが? 何でだ?」 

息子 「お父さんはみんなに敬遠されてるって」 

父親 「お母さんが、そんなことを・・・」 

息子 「お母さんは今でもお父さんを敬遠してるんだって」 

父親 「まだ敬遠していたとは。 一日に700回も電話で求婚して無理やり婚姻届に ハンコを押させたからな。 それを根に持っているのかもしれない。 

息子 「ストーカーじゃないか、お父さん。しかもわりとヘビーな」 

父親 「違うよ。お父さんは最後まで決してあきらめないだけだ。 思い込んだら試練の道を行く、それが男のド根性。 常人とは気合が違うのさ」 

息子 「気合が違うんだね」 

父親 「人生は気合が勝負だ。 最後らへんはお母さんも電話線を引っこ抜いてたんだが、 それでもお父さんがかけると電話が鳴ったもんだ。 気合がそれを可能にしたんだよ」 

息子 「お母さんは少し違うことを言ってたよ」 

父親 「違ったのか?」 

息子 「一日何百回も電話のベルを聞き続けたから、 鳴ってない時でも鳴ってるような気がしたんだって」 

父親 「それはお母さんの勘違いだよ。 ハンコを押させた時はお母さんは精神病院に通っていたからね。 その時の記憶が交錯しているに違いない」 

息子 「お母さんの勘違いだったのかぁ。その誤解が原因でお父さんに敬遠策を使ってるんだね」 

父親 「そう。お母さんはおっちょこちょいだから 勘違いが多い。だから晩ご飯はインスタントラーメンが多いだろ? 食材を買い間違えるもんだからちゃんとご飯が 作れないのさ」 

息子 「え? 僕は晩ご飯にインスタントラーメンなんて 食べたことないよ」 

父親 「ないの? お父さんだけ? 本当に敬遠されてたんだ・・・。 お父さん、ちょっと落ち込んじゃったな」 

息子 「大丈夫だよ。最近代打が見つかったって言ってたから」 

父親 「代打? お父さんの代わりがいるのか?」 

息子 「出会い系サイトで若い人と知り合ったんだって。 深夜のホームランキングだって言ってた」 

父親 「あまり聞きたくない例えだな。 野球以外の例えはないのか?」 

息子 「う〜ん。 あ! 深夜のハットトリックとも言ってた!」 

父親 「この話は聞かなかったことにしよう」 

息子 「気を取り直して行こうよ。鬼は誰にするの?」 

父親 「鬼の役はもう決まった。 気にしないで豆の投げ方の続きを聞きなさい」 

息子 「うん」 

父親 「右投げのストレートファイヤーは右打ちの打者に放ってはダメだ。 思い切り直撃してしまうからな。だが例外もある」 

息子 「どんな例外なの?」 

父親 「打率のいい打者や監督の指示で<潰せ!>と 言われた時は投げてもいい。 特にホームランキングには使用頻度が高い。 監督の親指がググッと下向きの時がゴーサインだ。 ただしぶつけた後はちゃんと帽子を脱いで 反省のポーズを見せる。武富士ダンスや You Tubeや動画サイトのダンスの決めポーズなんかも効果的だ。 わざとだと気づかれるとあとで上靴を 隠されてしまう」 

息子 「上靴を隠されるのはこたえるもんね。 それにしても武富士ダンスが好きだね、お父さんは」 

父親 「よく武富士には世話になっているからな」 

息子 「とにかく親指が下になっている時は ストレートファイヤー&武富士だね。 親指が上になっている時はどういう意味があるの? お母さんがよく使うんだけど」 

父親 「お母さんが? どんな時に使うんだ?」 

息子 「どこ行くの? 誰と会うの? って聞いたら いつも親指を立てるんだ」 

父親 「代打の若者のことだな。それは」 

息子 「今日も家を出る時に立ててたよ」 

父親 「打者の顔がムカツク場合も投げてもいい。 父さんは昔、出川似のヤツがいたから 思いっきり投げたことがある。 顔面に豆がめりこんで大変なことになったがね」 

息子 「無理やり話を戻したね、お父さん」 

父親 「それが大人のやり方なんだよ」 

息子 「それが大人のやり方なんだね」 

父親 「ストレートファイヤーがいかに危険か分かったろう。 通常はクロスファイヤーで投げなさい」 

息子 「うん」 

父親 「じゃあとりあえずお父さんが見本を見せるからね。 的はあれにしよう。アミバッ! アミバッ!」 

息子 「凄いや、お父さん! お母さんのVAIOにねばっこい豆が直撃だ!」 

父親 「こんなものは壊れてしまえばいいのさ。 急にパソコンを買ったと思ったら 出会い系サイトでホームランなんぞ・・・。 あんなに愛してると言わせておいたのに・・・。 くたばれアミバッ! アミバッ!」 

息子 「お父さん、しっかり!」 

父親 「すまない、取り乱したりして。 でもお父さん、ちょっと旅に出るかもしれない」 

息子 「振り逃げしかできないのに敬遠されると辛いね」 

父親 「ずいぶんと大人ぶったことを言うように なったじゃないか」 

息子 「だって僕、もう30歳だよ」 

父親 「そうか。お前もそんな歳になっていたのか」 

息子 「お父さんが酒をあおっている間にね」 

父親 「そうでもしないとやってられない仕事なんだよ」 

息子 「確かに大変だよね。テーマパークのヌイグルミ俳優なんて」 

父親 「調子こいて蹴りを入れてくる子供、帰ろうとしてるのに執拗に写真を迫って腕を放さないおばちゃん、いちゃついているカップル、 予め答えを教えてもらっているのに演技が下手でやらせバレバレ『世界 不思議発見!』の黒柳哲子、 バラエティ番組の子供だましのテロップにも いい加減うんざりだ!」 

息子 「だから昼間っから林の中でスカイフィッシュの子供に長渕キックをしてるんだね」 

父親 「それが私の唯一の生きがいさ。あの瞬間のために生きていると言っても過言ではない。たまに肋骨150本持ってかれるけどな」 

息子 「そんなに辛かったなんて。 

    今日は思い切り羽を伸ばそうね」 

父親 「ありがとう。息子よ」 

息子 「あ、お母さん帰って来たよ」 

父親 「本当だ。やっと帰ってきたか。 息子よ、ストレートファイヤーの準備をしなさい」 

息子 「クロスファイヤーじゃなかったの?」 

父親 「今日は例外だ。帰ってきた鬼を目掛けて投げろ。 それ!」

母親 「鬼はお前だ!それアミバッ!」 

父親 「痛い!」

 

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