大学生時代、私は住んでいた学生寮の近くのミニコープでバイトをしていた。
レジを打ったり、品物を出したり、掃除をするのが 主な業務。
まあ、なんてことはない。
ちょっと面倒な作業もあるけど、入って一週間もすれば 一通りはこなせる。
昼はパートのおばさんたちが仕事をして、
夜は学生が仕事をするサイクルになっている。
コンビニにしろ服屋にしろ、不特定多数の人が来る空間には、 けっこう変な人もいて、
人間観察という意味ではとてもおもしろかった。
多分、全国民が出入りする区役所や市役所なんかには もっと変な人がいっぱい訪れることだろう。
そんなわけで今日は私が出会った変なお客さんについて書こう。
>>タバコおじさん
私の店は夜10時が閉店。
そのおじさんはいつも9時45分にやって来る。
毎日必ず9時45分に来るので、このおじさんが やって来ると、もう今日のバイトは終わりだと
一日の終わりを感じたほどだ。
彼はまずレジでビール瓶をお金に換える。
次に立ち読みを10分する。
最後に瓶ビール2本と、缶ビール1本を買う。
毎日買う。
そしてタバコを買う。
タバコはレジの後ろに置いてあるので銘柄を聞いて店員がとらなければならない。
他のベテランのバイトに対しては、彼は
「タバコちょうだい」
としか言わない。
買う銘柄が決まっているからだ。
しかしまだ見慣れない店員には
「マイルドセブンのライトちょうだい」
と言う。
だから私達バイトの中では、このおじさんにタバコちょうだいと言われるか否かで一人前として認められるかどうかのライセンスになっていた。
初めてタバコちょうだいと言われたときは妙に嬉しかった覚えがある。
私もやっと一人前になったかと。
>>コピーくん
店には有料のコピー機を置いていた。
使うためにはレジの後ろに置いてあるカードを差し込まなければならない。
だからコピーをしたい人はレジに呼びかけ、枚数をカウントするカードをもらう。
コピーくんは中学生くらいのキザっぽい男の子。
テストシーズンになると、ノートだか何だかをコピーしに来る。
そしてレジに寄り、斜に構え、夏でもポケットに手を突っ込んだまま言い放つ。
「コピー」
文章だとニュアンスが伝わりにくくて歯がゆいが、とにかくキザだ。
20年前の柴田恭平のような感じなのだ。
コピーいいですか?とか、コピーしたいんですけど、とかそうは言わない。
一言、「コピー」。そう言うのみ。
そして受けとるときは人差し指と中指だけを開き、 フレミングの法則を確認しているような指の又にカードをはめ込むように渡さなければならない。
なぜ普通に言って、普通に受け取らないのかは不明。
そして3回に1回はコピーの原本を忘れて帰る。
なぜしょっちゅう忘れるのかも不明だった。
ちゃんとした大人になれたのだろうか?
>>チーズおばさん
毎日7時頃にやってきてはチーズとソーセージを10個づつ買って帰るおばさんがいた。
髪は脂でてかっていて、爪が黒く汚れており
切る服は一年を通して色落ちした黒のオーバーオール。
他にも色々買うのだが、絶対にソーセージと
チーズは買って帰る。しかも大量に。
毎日そんなにも食べるとは思えないのに。
多分、ウチの店のチーズとソーセージの売り上げ比率は他の店舗より圧倒的に高かったと思う。
あるとき、バイト同期のトミーが血相を変えて私のところに来た。
私はレジ打ちをしていたのだが、9時前後は客足がほとんど途絶えるので割としゃべる時間がある。
そして彼が言うには、店の表にチーズおばさんがいて野良猫にチーズとソーセージをあげていたと言う。
謎が解けた。
チーズおばさんはものすごく動物が好きで 飼っているのかどうかは別にして、毎日チーズと ソーセージを買っては餌として 野良猫や犬にあげているのだと。 近隣の住人には迷惑なんだろうけど。
謎が氷解したのはいいとしても、とりあえず髪を洗って服を変え、爪はきれいにしておいた方がいいと思う。
>>サンタクロース
お客さんの中に、白人のおじさんがいた。
多分50歳くらい。
身長190センチ。体重100kg。
巨漢である。
お腹がでっぷりと出ている。
そして髪は銀髪。ヒゲも銀色。青い眼。
笑顔がとても優しい。
この人を初めて見た瞬間に私は思った。
サンタクロースみたい。
依頼、彼が来るたびに私は心の中でサンタクロースが来たと喜び、買う品々をレジに通すたびに、おお〜、サンタは今日はカレー食べるのかと勝手に推測したりしていた。
私の予想では、サンタは近くの高校や中学で
英語の教師か何かをしていることになっていた。
私が中学時代も、英語の授業では英語教師とは別に1人外人がやって来ては英語で何やらしゃべっていた。
内容は覚えていないが、空手が好きなので
日本に来たとかいう無鉄砲ぶりは覚えている。
だからサンタもその類だろうと思っていた。
事実、サンタは何度か男の子と一緒に店にやってきた。
そして英語でぺらぺらしゃべってアイスか何かを買って帰っていた。
多分、成績のいい生徒に御褒美をあげていたのだろう。
あるとき、サンタは買い物をしてから財布を忘れて帰ってしまった。
財布には免許証が入っていたので、後でサンタの財布だと判明したのだが
電話番号らしきものはなかった。
すると偶然、以前サンタと一緒に店に来た男の子が閉店間際にやってきた。
私はおそるおそるその子を呼びとめ、免許証を見せて知り合いじゃないかと尋ねた。彼は答えた。
「あ、これ俺のオヤジです!」
サンタと男の子は先生と生徒ではなく、親子だったのだ!
でも息子はどう見ても日本人。
やっぱり東洋人の遺伝子の方が強いのね。
私はサンタに財布を返しておいてくれるように頼みその子はお礼を言って帰って行った。
う〜ん。サンタってば日本で嫁さん捕まえて
あんな大きい子供までこさえていたのか。
これは意外な事実だ。
後日、表のリサイクルボックスを整理しているとサンタがやってきて、私を見つけると駆け寄ってきてお礼を言った。
「あのときはありがとうございました!
本当に助かりました!」
めっちゃ日本語上手いんですけど。
何でも次の日から出張で、財布がないことに気づいたのは夜遅く。
どう考えても店に忘れたとしか思えないが
もう閉店している。
財布がないと出張に行けない。
困り果てていたところ、息子が財布を持って帰ってきたとか。
握手をして大げさに喜んでサンタは帰って行った。
お礼にサンタの格好をして欲しいと思ったのに言えなかったのは今でも後悔している。
試しに言ってみればよかったな。
>>妊婦さん
時の流れを感じるのにこれほど分かりやすいお客さんもいない。
彼女は私がバイトに入ったときは妊婦さんだった。
女なら誰でも妊娠することがあるだろうが、
店に来るお客さんの中で妊婦さんは彼女だけだった。
そしてお腹がどんどん大きくなっていった。
もうすぐ生まれそうだなと思っていた折、彼女が来なくなってしまった。
生まれたのかどうかすごく気になったがアカの他人なので調べようがない。
2,3ヶ月経って、彼女がやってきた。
ベビーカーを押して。
私は何気なくレジを通しながら
「無事に生まれたんだ!」
と心の中で叫んでいた。
更に1年くらい経つと、赤ちゃんが幼児になり、ヨチヨチと歩くようになって。
時の流れを切に感じた。
今頃は立派な大人になっているんだろう。
他にも、接客業をしている友達に話を聴くと
多かれ少なかれ、みんなへんてこなお客さんに出会った経験があるらしい。
不特定多数の人に接する接客業に就けば色んな人に会うようだ。
人ってどこまでもおもしろい。
私がコープでバイトをして一番よかったと思えるのがその気持ちを得られたことだと思う。