「かゆいトコないですか?」と聞かれたら「当ててください」と言いたい

この世のすべてを笑いにかえて生きるタムケンによるブログ。過去の記憶、日々の思い、外国人の妻や障害(ダウン症)を持つ子供たちとの日常について、笑いとユーモアたっぷりのエッセイを中心に書いています。

タルギの事故

「タムケン、ワタシ事故ってもうた」

 

嫁、タルギから電話ごしにいきなりのパンチ。

このときは朝から開発商品の出荷トラブルに見舞われ、工場で製品の緊急仕分け対応中で半ばパニック状態の最中、タルギからの着信ありけり。
そもそもタルギは会社にいる私には滅多に電話してこない。平時はメールを送ってくる。
韓国人であり大陸の生まれだからなのか、相当肝がすわっている。そんなわけで今まで電話して来たときの理由は深刻極まりない時のみ。前回電話して来た時は、三男の立星(りゅうせい)が40℃以上の高熱を出して、今から緊急入院するという内容だった。
そのタルギが仕事中の私に電話をかけてきた。そして冒頭のセリフ。なかなかの威力である。しかし慌てた様子もない。何の事故だ?自転車か?ぶつけた?ぶつけられた?手は仕事をしながら、頭の中は家に飛んだ。

 

「情報が少なすぎるな。何の事故?」
「ん、車の事故」

 

割と深刻っぽい。自転車ならともかく、車の事故は危険だ。しかしタルギの落ち着きっぷりからすると、擦ったくらいの口調だ。

 

「かなり落ち着いてるな。駐車場で柱に擦ったとか?」
「いんや、電柱にぶつかった」

 

まともにぶつけてるやん!

 

「ぶつかったの!?車どうなってるの!?」
「粉々になってもうた」

 

粉々!?

 

「車が粉々!?凄まじい事故やん!」
「あ、言い方が悪かった。
サイドミラーの鏡のとこだけ粉々に割れた」

 

焦った。鏡だけか。
車が粉々になる事故でこんなのんきに電話してくるはずもない。
既に仕事の手は止まっていた。

 

「ミラーは壊れたのね。まあ仕方ない。
それくらいで済んで良かったわ。」
「うん、狭い道走っててミラーぶつけちゃってさ、なんか端の方からへし折れてプラプラしてるわ。アハハハ!」
「笑い事ちゃうから!」

 

大陸の嫁恐るべし。サイドミラーが砕けてプラプラしてるくらい何とも無いらしい。

 

「んで、警察は何て言ってるの?
電柱に破損があったら弁償せなあかんな」
「へ?」
「え?」
「何で警察が来るの?」
「いや、公道で事故ってるんでしょ?
なら警察に電話して事情聴取とかされたんだよね?」
「してない」
「してない?事情聴取されてないの?」
「いや、そうじゃなくて、警察には電話してないの」
「なんで電話してないの!?真っ先にしないと!」
「日本はそんな感じなのか。
知らんかった。てへへ」
「てへへちゃうわ!
すぐ電話して現場見てもらえって!」

 

どうもコトの重大さが伝わらない。韓国ならすぐに警察には電話しないのか?

ともかく日本では連絡しなければならない。

「電話しなさい!」
「ええ〜?面倒やもんそんなの。
電柱は壊れてないからいいやんか」
「そんなの素人には分からんでしょ!
部品やら付属機器やらが壊れてるかもしれんし。
とにかく警察に電話して来てもらえって!」
「また戻るの〜?面倒やわ〜」
「戻る?
戻るってことは今は現場にいないってこと?
どこにいるの?」
「スーパーにいるよ」

 

スーパー!?

 

「スーパー!?なんで!?」
「買い物してる」
「買い物しに行ってるのは分かるわい!
なんで事故現場離れて買い物に行ってるかってこと!」
「そりゃアンタ今日が特売日だから、
子供たちのお弁当のオカズを買いに来てるわけですよ」
「買い物してる場合か!?」
「ごちゃごちゃうるさいな!
今日は冷凍食品が安いの!
アンタが子供たちの明日のお弁当作ってくれるわけ!?
文句ばっか言うなボケ!」

 

なんでオレ怒られてるの!?

 

噛み合わない。会話が全く噛み合わない。

危機感の違いに天と地ほどの開きがある。

終いにゃ怒られる始末。

ええと、何から手をつけたものか。

とにかく現状を整理しないと。

 

「警察には電話してないのね?」
「うん」
「なら保険屋にも連絡してないわな」
「うん。だって保険料上がってしまうし」
「そ、そうなんだ。」

 

はっと気づいた。立星はどうなのか。
幼い三男は大丈夫なのだろうか。

 

「立星は?怪我はないの?」
「うん。大丈夫。チャイルドシートに乗ってたし」
「そうか。それなら安心やな。
あ、タルギも怪我無いんよね?
一応聞いとくけど」
「ん?えっと、そうやね・・・」

 

歯切れの悪い返事だ。何かおかしい。

 

「怪我してるの?してないの?」
「まあ若干ね」

 

ええ、若干!?

 

「怪我してるの!?」
「大したことないよ。ちょっとだけ血ぃ出た」

 

血ぃ出ちゃってるの!?

 

「大したことあるやん!」
「いやぁ、まあアレだ、窓開けて運転してたからさ、粉々になったガラスが車内に飛び込んで来て、腕とか手に刺さってだな、そりゃ血ぃくらい出てもおかしくないと、こういうわけでして」

 

どういうわけですか!?

 

「さらりと言ってるけど凄い状況なのでは!?」
「そうかなぁ?韓国ではそんなに騒がない気もしないではない」
「騒ぐに決まってるでしょ!タルギさんアナタね、困ったら『韓国では大丈夫♪』的なこと言ってごまかすの良くないよ! 」
「ち、バレたか」
「つまりこういうことか。公道を走っていたところ電柱にサイドミラーが接触、ミラーは粉々に砕けて車内の運転手の腕に突き刺さって軽傷。サイドミラーをプラプラさせた事故車で近くのスーパーに行き、流血した腕のまま特売の冷凍食品を物色中。車ぶつけちゃったし、一応、旦那に報告しとこうかなと思って電話した、ってことでいいかな?」
「グロッスムニダ!(そのとおり)」

「特売はええから早く警察に電話せんかい!」

 

と言うわけでタルギは渋々警察に電話し、現場検証実施。警察によると電柱には損傷がなかったが、後で不具合が出たら連絡するかも、とのこと。あと、サイドミラーの損傷も近くの日産ディーラーでミラー丸ごと交換して即日完了。保険では支払わなかったので後の車両保険料も上乗せにはならないとのこと。

飛び散ったミラーによる切り傷も確かに大したことはなく、絆創膏を貼ったタルギは何事もなかったかのようにお弁当を作っていた。タムケンは騒ぎすぎだ!と一通り文句を言われたが未だに納得がいかない。
これって私が島国の人間だからチマチマと騒いでるだけのことなのだろうか??

ミサイルだの銃弾のやり取りを隣国と日常的に行なっている国に育ったタルギとは、危機管理のレベルが全く違うことを思い知った。

 

一つだけ言えることは、
大陸の嫁恐るべし!と言うことである。

 

アンニョ〜ン