「かゆいトコないですか?」と聞かれたら「当ててください」と言いたい

この世のすべてを笑いにかえて生きるタムケンによるブログ。過去の記憶、日々の思い、外国人の妻や障害(ダウン症)を持つ子供たちとの日常について、笑いとユーモアたっぷりのエッセイを中心に書いています。

ダウン症の子の行く先

立星が生まれて一年ほど経った日の休日の昼下がり。


私は三男、立星(りゅうせい)にミルクをあげていた。
ダウン症と診断されてから、この子には一体何が起こるのだろう?と当初は恐れていたが、今のところははっきり言ってただの赤ちゃんで、上の子二人と何ら変わりない。あまりに普通なのでむしろ拍子抜けしているくらいだ。強いて言えば、全体的に体の力が弱いらしく、便秘気味だったり、ミルクを飲むのが遅く、むせ返ることが多いくらいだろうか。今もとろけるような寝顔を見せながら、本能でミルクをのんびりと飲んでいる。

と、洗い物していたタルギが手を止め、こちらを振り返った。

 

「タムケン、大変だ!
今、アタシ大変なことに気づいてしまったよ!」

 

タルギの思いつきは想像力の自由度が極めて高い。たいてい、こちらの予想を四次元レベルでぶち抜いて来る。さて、今度はその四次元ブレインから何が出てくるのか。

「ほう。今回はどんなことに気づいたの?」

タルギは洗っているお皿を持ったまま、ミルクやりで動けない私の元にトタトタとやって来た。

 

「立星のことなのよ。この子のダウン症に関してなんだけど」

 

ダウン症
それを聞いて少し緊張した。ダウン症の立星に関してのことなら、けっこう深刻な話題になり得るからだ。

先日の精密検査では、生まれた時に開いていた心臓の穴は塞がっていたことが確認できたものの、また何があるとも限らない。そもそも、心臓に穴が開いて生まれて来ること自体が大ごとなのだから。

 

「立星のダウン症について、か。どんなこと?」
「あのね、ダウン症の子って、
少し特徴的な顔してるでしょ?」
「まあ、そうやね。
目と目が離れてて、切れ長のツリ目やしね」

確かにそうだ。ダウン症の子はおよそ一目で分かる特徴的な顔つきをしていることが多い。だがそれがどうだというのだろう。

「この子の顔を見ててさ、可愛いな〜って思うけど、何かに似てるな〜とも思っていたわけ。それが何に似ているのか、今分かったの!
そして、この子はきっと、大きくなったら私たちからは遠く離れた世界に行ってしまうんだろうなって、確信したの!
悲しいけど、それを受け入れなきゃいけないの!」
「遠くの世界?
大人になって独り立ちするってこと?」
「違う。そんなレベルじゃないのよ。
もっと凄いことになっちゃうの!」

 

タルギは涙目で訴えかけている。
独り立ちとは違う?さっぱり分からない。
まさか、病気で早く死んでしまうと言うことだろうか。
体の力が弱く、免疫力も弱いダウン症の子は、長く生きられないと言いたいのだろうか。
緊張が高まる。

 

「どんなことになるの?
立星には何が起こると思うわけ?」

「この子はダウン症だから、大きくなったら
河童になって出て行くってことよ!」

 

河童出て来ちゃった!?

 

なぜいきなり河童が出て来るのか。
なぜウチの子が河童になって出て行くのか。確かにそんなことが起これば、トンデモナイことには違いない。子供の巣立ちや独り立ちとはレベルが違う。あり得ないと言う点を除けば。

 

しかし分からん。全く分からん。知り合って10年以上経つが、今回もタルギの想像力の自由さにぶっちぎられてしまった。自由すぎます、タルギさん。

 

「どうしちゃったの!?
なんでウチの子が河童になるわけ?」
「だってそうじゃない?
この子ったら河童にそっくりだもん。
この目つき、顔つきは河童になるに決まってる!
ほら、見てて」

 

そう言ってタルギは持っていた洗い物のお皿を、スヤスヤと眠る立星の頭に載せた。

 

「ね?」

 

ね?って言われましても!?

 

「いや、河童の頭には皿が乗ってるとは言うけどさ」
「ね?そっくりでしょ?
この子ったら河童そっくりよ!
きっとこうやって河童が生まれるんだよ!
頭にお皿も乗ってるじゃない!」

 

皿はアンタがのせたのでは!?

 

「あの、タルギさん、想像力の自由度が凄すぎて、俺にはついて行けんわ。」
「なによ、その言い方!
人が真面目に話してるってのに!」

 

こんな話題、普通は冗談で言うだろう。ところがタルギは大真面目だ。何せ、つい去年、私に指摘されるまでドラゴンとペガサスは実在の生き物だと思っていたくらいだ。
ダウン症の子は河童になると言う話も、けっこう本気と思われる。ここで馬鹿にした態度をとると、アジアのラテン系と言われる韓国人の怒りが炸裂するので、対応には細心の注意が必要イムニダ。

 

「いや、ゴメンなタルギ。
でもさ、ダウン症の子は顔つきが独特とは言え、将来的に河童になる可能性は低いと思うな。」
「どうしてそう言えるの?
河童になるかもしれないじゃない。
ダウン症の子は、かわいそうだけど、
親から見放されたり、後ろ指を指されることが多かったと思うの。そうして昔は山に捨てられることもあっただろうし。
山に捨てられたダウン症の子は、きっと頑張って生き残ろうとしたと思うのね。
そうして特徴的な顔つきをした子供たちが、
近隣の人たちに見かけられることで、
河童と呼ばれるようになったわけ。」
「そ、そうなんだ。
でもダウン症でも頭には普通に髪の毛が
生えてるよ。お皿も乗ってないと思うけど」
「タムケン何言ってるの?
お皿は最初からあるわけないでしょ。
ご飯を食べるときに不便だから、
お皿だけは持って行ったのよ」

 

お皿よりも持って行くべきものがあるのでは!?

 

「そして、お皿を頭に乗せたところを
近隣の人々に見られて、河童は頭にお皿がついてるって勘違いされたわけ!
これは革新的な発見だわ。
アタシ、学会に発表してみようかな」

 

タルギの想像は止まらない。
もはや何も言うまい。

その後も立星の頭にお皿を置いたり外したりしながら、やはり将来は河童になるに違いない!とか何とか言っていたが、洗い物が途中だったことを思い出してキッチンに戻って行った。

全日本河童学会があれば、近々タルギによる講演が見られるかもしれないのでご注意されたし。